在宅医療を考える

末期がん患者の「家で死にたい」という願いをかなえる〜緩和ケア支援診療所

先日、岐阜市で行われた「日本在宅ホスピス協会」の全国大会。
そこで、がん患者を家で看取る在宅ケアを先駆的に行ってきた、東京の「グループ・パリアン」に出会いました。

独居で家族の支援がまったく受けられない人も、ボランティアと医療・看護・介護が一体となって、その人らしい在宅での生活を支援する。そのすごさは、「パリアンだから、できた」、「パリアンじゃなきゃ、無理だよね」という声からも推察できました。

末期がんの患者を在宅で看取る。
そんなことができる医師(病院)は、さばくの砂に埋まった砂金のように、ほんの限られたスーパースターだけ。
残念ながら、いまの日本の在宅緩和ケアは、そういう状態です。

こうした状態を変えるためには、何が必要か。
パリアンの理事長である川越厚医師が、キャリアブレインのインタビューに答えた記事を見つけたので、以下に転載します。

-----------------------(ここから引用です)---------------------

「絶対うまくいく」緩和ケア支援診療所の全国展開を

【第70回】川越厚さん(医療法人社団パリアン理事長、クリニック川越院長)

 国民の3割ががんで亡くなる時代。「もう治らない」と宣告された患者は、どこで死を迎えたいと望むのだろう。「自宅」と答えた時、それは果たして可能なのだろうか―。
 自らが院長を務める無床診療所「ホームクリニック川越」(当時)を中心に、訪問看護や療養通所介護などのチームと連携して地域の末期がん患者への在宅ケアを支援する「グループ・パリアン」(同)を2000年に設立した川越厚さんは、現在の在宅医療体制では末期がん患者の「家で死にたい」という願いをかなえられないと指摘する。
 なぜ末期がん患者に対する在宅医療は進まないのか。今求められることは何か―。日本の末期がん患者への在宅医療に、その創成期からかかわり、現在も第一線で活躍する川越さんに話を聞いた。

■在宅医療を推進する施策はなぜ実を結ばない?

―初めに、末期がん患者に対する日本の在宅医療について、これまでの歩みをどのようにとらえますか。

 わたしが末期がん患者に対して、死への不安の解消や痛みの緩和など総合的なケアを行うホスピス医を始めた20年前のことを思うと、今は夢みたいな状況になったと思います。何が変わったかというと、たくさんありますが、例えば麻薬を使うということは当時大変難しかったです。1989年のMSコンチンの処方剤の発売から始まって、最近はフェンタニルパッチの発売、モルヒネの使用の緩和などが行われ、提供できる医療は非常に変化したと思います。
 また、92年には医療法の一部改正があり、在宅が第3の医療の場として登場しました。このほか、患者や家族の生活の質(QOL)にとって最適であり、また医療経済的に最もコストが低いとの認識から、国はこれまで在宅医療の普及に向けての法整備を進めてきました。
 ただ1つ変わっていないのは、今なお医療者自体が病院中心に医療を組み立て、考えているということです。在宅の実情を知らない人によって在宅が語られている現状があることは、昔も今も同じだと言えると思います。

―実情を知らない人によって在宅が語られているとは、どのようなことですか。

 例えば、がん対策の総合的・計画的な推進を目的として2006年に作られた「がん対策基本法」があります。基本的な考えの1つに、がん患者の在宅医療の推進がありますが、実はこれがうまくいっていない。具体的に計画し始めた時、在宅医療を知らない人が推進を考えてしまったためです。制度を実施するに当たり、従来の病院指導の在宅医療推進から脱却できていない状況があります。
 がん対策基本法には、主に3つのポイントがあります。1つ目は、どういう先生がいるか、薬局がどこにあるかなどについての情報のネットワーク化。ただ、末期がんの患者を在宅で診たいという診療所はせいぜい5%しかありません。2つ目は、病院から患者が戻る場合の手順などを示したパスです。3つ目はコンサルテーション。専門家がいますから、何かあったら相談してくださいというようなものです。
 よくできているじゃないかと。だけど僕らのように現実に在宅ホスピスケアをやっている人間から言うと、実現性はありません。

―具体的にどのようなことでしょうか。

 例えば、ネットワーク化という視点では、ネットワークに含まれる診療所の専門性のなさが指摘できます。がん対策基本法では、地域の診療所の医療レベルを底上げしてがん患者の対応に当たろうとしていますが、先生方の知識を上げるといっても、緩和医療に関しては、医療の知識だけでは不十分です。すなわち、モルヒネや放射線治療について知識を身に付けるだけでは駄目です。死にゆく人を診る難しさは、患者さんやその家族が感じる不安をどう取るか、24時間ケアをどうするか、というところの方にあるのです。
 コンサルテーションするといっても、対応するのは在宅を知らない緩和ケア病棟の方や拠点病院のPCT(緩和ケアチーム)の方です。彼らのアドバイスは、「在宅では無理ですから、入院させてください」ですよ。

■エビデンスに基づく提案を

―では末期がん患者の在宅医療を推進するために今、何が必要なのでしょうか。

 末期がん患者の在宅医療を本当にやろうとする地域の診療所、PCC(緩和ケア支援診療所)を制度的に育てていくことが必要だと思います。今のように、「あなたは末期がん患者を診ますか? はい、診ます」「何例までできますか? 1、2例まで」といったリストから集めた診療所の情報でネットワーク化を進めても、そこの先生では経験がないのだから、最後まで診られないのが落ちです。結局救急車を呼んで、最後は入院です。
 さらに、以前は末期がんの患者さんを受け入れてくれる一般の病棟がありましたが、病床数の削減を掲げる国の方針もあり、そうした病棟はどんどん閉鎖する流れにあります。そうした患者さんにERで対応している現状もあります。そんなおかしなことってないですよね。地域医療の破壊につながる可能性があります。
 だから、専門的に末期がん患者の医療を行う診療所を地域ごとに育てていかなくてはいけません。また、「ネットワークができたらいいよ」ではなく、実際に数字を出さなければいけないのです。

―数字を出すとは?

 例えば墨田区だったら、わたしのところのような診療所が1つあれば、末期がん患者さんの在宅死率は、この10年間で約6%のところが約13%になりました。1か所できただけで、これだけの違いが出ます。岩手県北上市はもっとすごい。人口はそれほど多くはありませんが、15年くらいの経過の中で、6%から24.5%になっています。
 実績としての数字を出さずに、ネットワークのみを新たにつくり、提示して、「これやってみてね」っていう時代ではもはやありません。

―つまり、机上の空論ではなく、根拠のある提案をということですね。
 はい。わたしはネットワークをつくる際の要となる診療所(PCC)の全国展開を提案していますが、これは間違いなく、自信を持ってうまくいくと言えます。わたしが実践してきたことであり、その経験を通じての発言だからです。

■在宅医療を運営する上で必要なこととは?

―先生は昨年、在宅診療推進のために行った研究の成果を厚生労働省に報告されましたね。

 はい。在宅医療をスムーズに行うために何が必要なのかという視点から、05年から3年間かけて、「在宅療養者の看取りにおける訪問看護師と医師との連携に関する研究」と題する報告書を提出しました。要点は大きく3つあります。
 1つ目は、在宅医療は専門性を要求される分野であるということ。わたしが末期がん患者の在宅医療推進に当たってPCCという専門の診療所を構想するのも、そうした理由があるからです。
 2つ目は、チームで取り組まなければいけないということ。実際に医行為にかかわる医師と看護師のほか、薬剤師や介護士との協力体制を持つべきです。
 3つ目は、そのチームをつなぐ、きずなとしての「約束指示」です。約束指示は、パスという言葉で置き換えても構いませんが、皆さんはどうも、パスが1つあればそれにのっとってやればよいと理解している節があると思います。しかし、わたしはそのようには考えていません。

―それはどのようなことですか。

 今、厚労省とか日本で全部やっているのは、1つのパスを地域でやったら、それにのっとってやっていくっていうものですが、現場の医者は必ずしもそれに沿ってはやりません。むしろ、出来上がったものをまねるのではなく、医者が自分でつくらなければいけないと思います。必要な場合には、応用的なものが出てこなければいけないとも思っています。

―既に示されたものに型をはめるのではなく、医師自身が独自のパスをつくり、それをチーム内で共有することが必要ということですね。

■天命としてのホスピスケア

―最後に、先生が在宅でのケアにこだわる理由をお聞かせください。

 今、医者になって40年になります。半分をがん治療の専門医、半分をホスピス医としてやってきました。一方、医者としてだけではなく、患者としての視点に立った経験もしてきました。39歳の時に大腸がんになり、死ぬか生きるかをさまよいました。また、58歳の時には家内が白血病になり、家族の中に患者を抱えた経験もあります。そこから思うのは、人の死とは、生物学的な命の終わりだけではなく、社会的存在としての命の終わりだということ。病院で診ていた当時は決して気付かなかったことです。また、「家族の気持ちって、こんなに大変なのか」ということ。ホスピスケアとは、患者と家族で1人の病人だと考えるのが大原則です。
 なぜ在宅をやるのか。経験上、治療医がさじを投げて「駄目だ」って言ったときに、患者さんにとって一番いい場所は間違いなく家だと、わたしははっきり自信を持って言えるからです。その医療に携わり、進めていくということは、わたしの医者としてのベルーフ、天命だと思っています。
 後には引けない。そんなところですかね。

https://www.cabrain.net/news/article/newsId/23320.html
-----------------------(引用ここまでです)---------------------

川越先生は、大会の最後のあいさつで
「人はだれでも死ぬ」ということを受け入れないと、在宅緩和ケアはむずかしい」
という話をされていました。

医師も、患者も、家族も。
最後はだれもが死ぬ という現実を直視することから、始めなればいけないのかもしれません。

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上野さん講演/在宅ひとり死は可能か?

在宅
日本在宅ホスピス協会全国大会in岐阜の最終日の今日。
市民公開シンポジウムが開かれました。

お待ちかね、上野千鶴子さんの講演タイトルは、ズバリ!
在宅ひとり死は可能か?

パワーポイントを使った講演は、笑わせながら、しみじみと聞かせる。いつものスタイル。
ぼやっ〜と淡い緑色の背景は、なんと、「畳(たたみ)」。
畳の上での大往生が、昔からの高齢者の悲願だから との理由に、なんだか笑えるような、切ないような。
たくさんのデータや、上野さんが日本全国を歩いて集めた情報に
笑って、身につまされ、考えさせられて。
あっという間に時間が過ぎました。

特に印象に残ったことを、記しておきますね。

まず、上野さんが列挙された、ちょっと怖いデータから。
1.だれもが結婚する時代は終わった
男性の有配偶率(妻がいる率)は、60代が最高で、離婚が原因で50代以下は低下。40代は、非婚が原因でさらに妻がいる率が低い。
生涯非婚率の予測は、40代の4人にひとり、30代の3人にひとりが、一生独身の可能性あり。

2.結婚して子どもを産んでも、子どもに先立たれる?!
高齢者を2004年に調査した結果
子どもがいてその子どもが現在、生きている人が、 49.3%
               生きていない人が、44.7%
 → 半分近くの人は、子どもに先に死なれる逆縁に

3.男性の孤立が大きな問題に
正月三が日を、ひとりで過ごした独居高齢者の割合は
          男性     女性
前期高齢者     61.7%    26.5%
後期高齢者     46.8%    32.0%

さらに、上野さんが指摘するのは
施設はだれのためのものか? という視点。
施設入居の待機高齢者は、42万人といわれていますが、施設入居を決めているのは本人ではなく、家族。もっといえば、デイサービスもショートステイも、本人のニーズではなくて、家族のニーズです。
こうした現状に対して、上野さんは
「待機高齢者ゼロ作戦はいらない」ときっぱり言い切ります。

介護保険が始まるまで、介護する家族がいる在宅 か 介護施設に入居 という選択肢しかありませんでした。
今は、在宅と施設の中間である、高齢者専用賃貸住宅やシニアコーポラティブハウスなど、老後の住まい方に選択肢が増えてきています。
また、在宅医療に取り組む医師が少しずつ出てきて、最後まで自宅で、と望めば、在宅ターミナルケアや緩和医療も可能になりました。
こうした指摘を、各地での事例を紹介しながら説明された後、上野さんは再び問います。

おひとりさまの在宅ひとり死は可能か?

上野さんの答えは、 イエス です。
ただし、以下の3点セットがあれば、という条件つきで。

必要な3点セットは
①24時間の巡回訪問介護
②24時間対応の訪問医療
③24時間対応の訪問看護

そして、上野さんの講演は、こんな言葉で締めくくられました。

これからの介護や医療はどうなりますか?
わたしは、よく聞かれます。
明日の天気を聞かれても、明日の天気のことは答えられません。
だけど
明日の天気は答えられずとも
明日の社会保障は、私たちの力で変えられます!

わたしたち、一人ひとりが
老後の介護や医療を、真剣に考え、声を上げていくことで、
わたしたちの未来は変わる!
それを忘れないで、行動しよう!
という、上野さんからのエールと受け取りました。

いま、自分にできることから、少しずつでも
行動することで、未来が変わる!
そう信じて、がんばりたいと思います。

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「家で死にたい」という思いを在宅福祉・在宅医療で行政が支援〜長野県・泰阜村の取り組み

遅ればせながら、民生委員会の県外研修で訪れた、長野県・泰阜村の報告です。

泰阜村は、長野県の南端に位置する、人口1906人の村。
全人口のうち、65歳以上は734人、高齢化率38.0%。
高齢化がすすむ将来の日本を、先取りする自治体です。

泰阜村が、在宅福祉に力を入れ始めたのは、昭和60年から。
高齢化率が約20%になり、要介護者が目立ち始めた頃のことです。
在宅福祉を推進するために、村の行政職員が共通認識としてもっていたのが
「社会の発展、村の発展に尽くした高齢者に、幸せな最後を提供するのは行政の責任
という理念。

最後まで家にいたい、死ぬ時は自宅で、と願う、介護される高齢者の気持ちを尊重し、訪問介護・在宅入浴・訪問看護などの在宅福祉と、在宅医療(往診)で、「臨終まで在宅で」を支援しています。

すごいな、と感心するのが
介護を家族の責任とはせず、あくまで「行政の責任」と位置付けていることです。
この背景には、過疎化が進み、子どもたちが村に親を残して出て行ってしまうという現状があったこと。そして、「老いと死」についての哲学が徹底されていることがあるようです。

老いと死について、泰阜村では
①老いに対して、医療には限界がある
 生物である人間は、どんなに努力しても誰もが老い、社会参加が難しくなり、多少の寝たきり状態を経て死を迎える=宿命
医療の進歩を過信し、老化や死までも克服するというのは幻想。
とうぜん
  死ぬまで健康というのも幻想 

②多くの高齢者は入院・治療より、住み慣れた自分の家で生活を望む

③だれもが老いて死んでいくという事実を受け止め、障害をありのまま受け止める。だからこそ、人間らしい老後を送り、幸せな死を迎えるお手伝いをするのは、行政の責任

という考え方を、役場職員全員が共有し、
「在宅で介護を受けながら暮らし、望めば、病院でなく家で死ねる」ように、在宅福祉と在宅医療を充実させています。

具体的には、介護が必要になった時に、お金がなくても、家族の介護が受けられなくても、ヘルパーや訪問看護師が、必要なだけ在宅に入って支援する体制を作っているため、1人暮らしでも最後まで家で暮らせます。

ポイントは、
①介護保険の利用料を減免
・介護保険で要介護度ごとに設定された限度額を超えた分は、すべて村が持つ(自己負担なし)
・介護保険を受ける時の1割負担分は、村が60%を肩代わり(自己負担は4%だけ)
(通常は、家族介護なし・すべて介護保険で在宅を支えようと思うと、限度額をこえてしまい、それがすべて自己負担となってしまうため、月に30〜50万の負担に耐えきれず、施設に入所するケースが多い)

村営診療所での医療費は1回500円、送迎は無料
・必要な医療を充分受けてもらうために、診療所での医療費は1回500円のみ。しかも、月に4回まで払えば、あとは何回受けても無料(村の診療所にかかる限りは、医療費は月2000円まで)
・車がなくて(運転ができなくて)、診療所に行けない高齢の患者のために、診療所への無料送迎を行う

③電話一本で必要な支援を出前
住民2000人という小さな顔の見える行政の利点を生かし、「困った!助けて」と役場に一本電話が入れば、すぐに職員が家まで出向き、レンタルベッドなど福祉用具を手配し、必要ならヘルパーをすぐに派遣。
(通常は、介護保険を使うために、要介護認定を受けるという手続きを踏みますが、泰阜村の場合は介護保険の利用限度額がない=はみだした分は村が持つ ため、要介護度が決まるまで必要なサービスを待つ必要がないという話でした)

在宅医療のかなめは、村営の診療所です。
村営診療所のため、そこにいる医師は、村役場の職員という位置付け。
医師は一人ですが、在宅医療に力を入れており、24時間365日、いつでも(夜中でも)患者の自宅まで駆けつけてくれるそうです。
(レントゲンを撮るなど、検査などで診療所での診察が必要な場合は、無料で診療所まで送迎も実施)

こうした泰阜村の取り組みを聞いて、まず出てきた質問が
在宅福祉・在宅医療に力を入れると、費用がすごくかかるのでは?
とりわけ介護保険の利用料負担を減らすために、財政が苦しくならないの?
という予算からの疑問でした。

これに対しての説明では
受けたい人が十分な在宅福祉と在宅医療を受けられる支援を行った結果、在宅死が増え、その結果として医療費が下がったとのこと。

平成19年度の老人医療費(一人あたり)は
 全国平均  821,403円
 長野県平均 687,604円
 泰阜村   537,571円

下がった医療費を在宅福祉に回している、という説明でした。

泰阜村の取り組みは、
住民の幸せを守るのが行政の仕事
という原点を忘れずに、真摯に追求したものだと思います。

「高齢者福祉に取り組むのだから、お年寄りが本当に幸せになるような支援でないと意味がない」
と話してくださった、職員さんの言葉が印象に残りました。

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“胃ろう”をめぐる模索〜7/25夜10時NHKテレビで放送

仕事の資料や介護情報誌「ぬくぬく」のバックナンバーなどが、自宅に山積みになっていたのですが、さすがにこれでは日常生活にさしつかえるため、倉庫を借りることになりました。
(自宅の廊下や階段が埋まり、通行にさしつかえる状態が間近にせまってきたのです。。。)

それで、ここ数日は倉庫への引っ越し作業で、ばたばた。
慣れない力仕事や整理に掃除・・・。
この数日の暑さも手伝って、夜、パソコンを立ち上げても頭痛がして読む気力がでなくて、ブログを更新することができずにいました。
体調の悪さは、どうやら軽い熱中症だったようで、水分をまめにとるようにして、エアコンと扇風機を併用して涼しく過ごすことで、なんとかちょっと元気になりました。

県外研修の報告も、ぼちぼち書きますので、もう少しお待ち下さい。

さて。
表題の「胃ろうの功罪を考察する」テレビ番組。
あさって、7月25日(日)の夜10時から、NHK教育テレビで放送されます。
くわしくは、http://www.nhk.or.jp/etv21c/index2.html
(以下に、抜粋を転記します)
--------------------------(ここから引用です)-------------------------

ETV特集
食べなくても生きられる 〜胃ろうの功と罪〜

男女を合わせた平均寿命が80歳を越え、日本は世界最高の長寿国になった。
その理由の1つが、欧米とは異なり積極的な延命治療が行われていることにある。
中でも、胃に直接栄養を送る経管栄養(胃ろう)は急激に普及し、現在およそ40万人に施されている。
もともと胃ろうは、摂食障害のある子どもたちのために開発された技術だが、患者への負担が少なく生存率が画期的に延びるため、高齢者にも応用されるようになった。
現在の日本では、嚥下の能力が衰え、ものを食べられなくなると、ほぼ自動的に胃ろうが施されるまでになっている。

しかしいま、この現状を変えようという動きが医療現場で起きている。
「ただ生かすことが、本当に患者のための医療か」「自然な死を迎えられない現状が良いのか」という声が上がっているのだ。
その動きの中心にいるのが、胃ろうの技術を日本に広めた第一人者の外科医だ。
「私には延命至上の現状を招いた責任がある。だからこそ、勇気をもって訴えていかなければならない」という。
私たちは、胃ろうをどう考えるべきか。
そして、どう生き、どう死ぬべきか。
その答えを模索する一人の医師に密着する。

NHK教育テレビ
7月25日(日) 夜10時〜

--------------------------(引用ここまでです)-------------------------

胃ろうをめぐる問題では、胃ろうをつけると特別養護老人ホームや老人保健施設など介護保険の入所施設に入りにくい。行き場がない人が、営利企業に利用される状況がある。といった現状があります。
胃ろうの人だけを入所対象とする寝たきり高齢者専用賃貸住宅などは、その典型例だといえるでしょう。
NHKからは、わたしのところにも取材の依頼があり、寝たきりアパートの問題や介護施設の胃ろうの人の受け入れ状況について、電話でいろいろ話をしたという経緯があり、どんな番組になっているのか非常に興味があります。

終末期の延命治療をどう考えるか。
食べられなくなったら、胃ろうを選択するのか、しないのか。
自分なりに考えるための契機として、この番組を見ていただけるといいのではと思います。

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いま生きている喜びを支える

在宅で暮らすことの果てにある、在宅で死ぬということ。
「家で死にたい」と願う人たちを支えるプロに、訪問診療をする医師や訪問看護師がいます。

今晩、NHKで放送された「プロフェッショナル仕事の流儀」は、終末期の患者が自宅で暮らすことを支え続ける訪問看護師、秋山正子さんを特集していました。

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プロフェッショナル仕事の流儀 3月16日放送
http://www.nhk.or.jp/professional/

どんなときでも、命は輝く
 〜訪問看護師 秋山正子

終末期のがんや神経難病、老衰。重い病などを抱えながらも、退院して自宅で暮らしたいという人々を支える、訪問看護師のパイオニア的存在、秋山正子(59)。
20年近く新宿区市ヶ谷の周辺で、150名もの在宅療養の人々を回り続けている。
人々を希望で照らすその姿から、「市ヶ谷のマザー・テレサ」と呼ばれる。

秋山の仕事は、病院に出向いての退院調整から、個別の事情に合わせた療養支援、そして人生の最期を家で迎えようという人々のみとりや、家族の心のケアと幅広い。
家での療養では、医師や看護師が24時間常駐している病院とは違い、容態の急変への対応や家族の介護疲れなど、さまざまな困難が伴う。
秋山は、あらゆる手立てを駆使して、利用者を支える。
家を訪ねた時に相手とする何気ない会話ひとつひとつにも、訪問看護師としてのプロの技が光る。

秋山が最も大切にするのは、自宅で療養する人々が、今、生きている喜びを味わえること。
人は、どんな困難の中にあっても、今この瞬間を輝き、喜ぶことができると秋山は信じる。
番組では、さまざまな人々の人生と向きあう、秋山の日々に密着する。
進行した胃がんを抱えながら、残された日々を家で暮らしたいと願う一人暮らしの男性。老衰の父親と、それを支える娘。都会の片隅で繰り広げられる、きずなのドラマを描いていく。

-------------------(引用ここまでです)----------------------

秋山さんが、訪問看護師になったきっかけは、がんを患った姉を家で看取ったことだといいます。

秋山さんが39歳の時、2つ上の姉が、がんに・・・。
料理が好きで、家族のために家事をすることを誇りに感じていた姉に
なんとか輝いて生きて欲しい。
できる限り家で過ごさせてあげたい。
そのために、ベッドは台所から見渡せる場所に置き
学校から帰った子どもたちは、ベッドの回りで宿題を広げ、遊ぶ。
それを見つめる姉の表情はとても穏やかで、
4ヶ月後、「家にいられてよかった」と言って亡くなります。

この経験から、秋山さんは
家で暮らすことには底知れぬ力がある。
それを支えたいと思うようになりました。
そして、
家での看護の技術を学び、姉を看取った経験から、積極的に終末期のがん患者を受け持つようになります。

たくさんの命を見つめ続けて、秋山さんが気づいたことは、
どんな厳しい状況にあっても、人生の喜びはそこかしこにある。
ということ。
自分の仕事はその喜びを感じられるよう、支えること。
その思いで、訪問看護師として日々仕事を続けていると、番組の中で話していました。

先日、在宅でがんの看取りを行う小笠原内科に、取材に行きましたが
その折りにも、
最後がせまった人にとって、どんなに家での暮らしが大切かをかいま見ました。

自分の見慣れたものに囲まれて、使い慣れたベッドで横になる。
家族が台所で調理をする気配。
だしをとる、かつおぶしの香り。
味噌汁を一口飲んで「ああ、うちの味噌汁だな」と思わず笑みがこぼれる。
そんな、あたりまえにある日常のありふれた出来事が
「いま生きている喜び」として、輝きを放つ。
病院や施設では味わえない、幸せが家での暮らしにはあるのだと、しみじみ感じました。

その人の日常の生活を大事にする。
いま生きている喜びを支える、在宅医療や在宅看護をもっともっと充実させたい。
そう思わされる番組でした。

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自分で選ぶ終末期医療

介護情報誌「ぬくぬく」の主催で、3ヶ月に1度、老い支度講座を行っています。
今日のテーマは、
『自分で選ぶ終末期医療』

だれにでも訪れる最後の時を、どこでどのように迎えるのか。
口から食べられなくなった時に、経管栄養やIVHを行うのか。
人工呼吸器はつけるのか。

そうした終末期医療の自己選択についてが、今回のテーマでした。

「終末期」というかなり重いテーマでの勉強会だったのですが、予想以上に参加者(おもに高齢者の方々)が多く、こうした問題への関心の高さを実感しました。

講師役というか、司会進行役をわたしが務め、参加者に終末期医療についての思いを語り合ってもらうという形ですすめたのですが、話題提示をしている途中に、手を挙げて発言を求める人がいたりと、最初から最後まで、活発な意見の応酬が続きました。

特に話題が集中したのが、
東海ターミナルケア研究会のホームページで公開されている「リビングウィル(終末治療の中止を求める意思表明書)について。
http://www.tokai-medi.co.jp/tamiken/livingsample-top.html
 ↑ 上記のページで、リビングウィルの見本が3種類掲載されているのですが、これをプリントアウトしたものを勉強会で配布しました。

このリビングウィル(本人の署名・捺印があるもの)を、医師に提示したら、本当に延命治療をやめてくれるのかということについて、議論が紛糾。

90歳をこえる実母を看取った家族から
「延命治療はしたくないと、母も言い、兄弟もその意思を尊重して延命はやめてくださいと、医師と話をしていた。
ほぼ老衰に近い状態で食べられなくなった時に、医師から「栄養や水分を直接、足の動脈に送るための管をつける手術をしましょう」と言われた。
その治療は母がいやがっていた延命だと思い、反対したが、医師からはまだ終末期ではないと言われ、わりきれない気持ちを抱えたまま、手術を承諾した。
結局、手術の日の朝、母は息を引き取り、手術はしないで済んだけれど・・・。
医師によって終末期かどうかの判断が違うと実感した」
という話がでたり、
「そもそも救急車で病院に運ばれれば、救命救急で人工呼吸器までつけてしまう。救命前に、人工呼吸器をつけるかどうかを聞くような時間的な余裕はない」
「夫は死後の献体を望んでいたが、家族の思いとして、亡くなった夫の体に傷を付けたくなくて、本人の意思とは反しても献体はことわった」
「法的整備が整わず、医師が延命治療をやめることが後々の訴訟リスクにつながる現状では、本人が延命治療中止の意思表明をしても、家族が反対したら本人の希望にそうことができない」
など、さまざまな意見がでました。

最終的には、どんな終末医療を選ぶかを自分で考えて文書にし、それを家族に見せて自分の意思を尊重してもらえるように話をするしかないという結論に。

自分の死
について、自分で考えたり、家族と話したりすることは、大切なこと。
どんな終末医療を選ぶのか。
ひとりひとりが、じっくり考え話し合うべき時が来ているのかもしれません。

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病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死?!

いきなり、衝撃的なタイトルですが・・・。
これは、独居ガン患者を在宅で看取るシステムを作り上げた小笠原内科・小笠原文雄院長の言葉。
「病院で手術や放射線療法、化学療法などで戦ったものの、刀折れ、矢つき無念の最期を迎えることになる末期のガン患者。最後は治療方法がなくなり、医師も看護師も患者に近づきたがらなくなる。患者は好きなものを食べることも、お酒を飲むことも、好きなことをすることも許されぬまま、病院という監獄に閉じこめられて、孤独なまま死んでいく」と、小笠原先生は指摘します。
だから、「病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死」。
こうした病院での死のつらさに対して、「在宅死は希望死・満足死・納得死」と小笠原院長はいいます。

そもそも、小笠原先生が在宅医療にめざめたのは、自宅で亡くなった1人のガン患者との出会いだったとうかがいました。

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ガンの末期で自宅で療養していた男性のところに、往診で通っていた時のこと。
ある日の早朝、そこの奥さんが、ぼくにこう言った。
「先生。男の人って、最後まで格好つけたいものなのかしら。夕べ、うちの人はわたしにむかって『もうすぐ旅に出るから、旅行鞄と靴を用意してくれ』って言うんです。それで『わたしも一緒に連れてって』と言うと、『おまえはまだ来なくていい。おれ1人で行くから』って。それで、夫の枕元に、鞄と靴を用意したんですけど。先生、気がつかれました?」
ぼくは、「そういえば、大きな鞄があったように思うけど、靴はふつう、玄関に置くものでしょう」と答えた。
するとすぐさま、「先生。天国への旅に出るんですから、枕元に揃えておかないと」と奥さん。
なるほどなぁと思いながら医院に帰ってきて、その当日。
午前の診察中に、その奥さんからご主人が「いま息を引き取りました」という電話が。
ぼくがあわてて「すぐに行きます」というと、
奥さんは「先生、主人はもう旅立ったのですから、あわてなくていいんですよ。診察が終わってから、ゆっくりおいでください」と言って電話を切った。
それで、外来患者の診察を終え、急いで自宅に駆けつけると、そこには穏やかな顔で旅立たれたご主人の姿が。
それまでぼくは、病院で苦しんで「痛い、痛い」と死んでいった患者さんの苦悶の死に顔しか見たことがなかったから、その穏やかな顔にガツンと殴られたようなショックを受けた。
ああ、在宅だと、あんなに穏やかな顔で死んでいけるんだ!
ぼくが在宅医療にはまったのは、それからだ。
(小笠原先生の談話より)
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小笠原先生に、最初に「病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死」と聞かされた時は、正直言って、えっ?という違和感があって、思わず聞き返しました。
ですが、その話の後で、小笠原先生について往診にまわった時に、ある一軒の家で、病院から自宅に戻って2ヶ月の男性に出会い、小笠原先生の言葉は「なるほどこういうことだったのだ」と、腑に落ちたのです。
その男性は、病院での孤独やつらさ、自宅に戻れた喜びを、涙ながらに語ってくださいました。
残念ながら録音していたわけではないので、正確ではないかもしれませんが、以下に再現してみます。

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病院では、少しでも体を動かすと痛いので、じっとベッドに横になったまま、ずっと天井だけを見ていた。
食事はまったく食べる気がしなかった。
必要な栄養は点滴で体に入れられるので、何も食べなくてもいいと思った。
病院の先生が、「もうこれ以上の治療は、病院ではできません。転院してください」と言った。
ぼくが「どんな病院に移るのですか」と聞くと
「死ぬまで出られない病院です」という答えが返ってきた。
このまま、痛みのためにピクリとも身動きできず、だれとも逢えぬまま、死ぬまで病院にいなければいけないのかと思ったら、涙がとまらなかった。
必死で考えていたら、在宅医療をしている小笠原内科のことを思い出した。
妻に「おれの最後の頼みだから、小笠原内科に行って頼んでくれ」とすがり、小笠原先生が病室に来て「家に帰れますよ」と言ってくれた。
それから病院を退院して、家に戻った。
家に戻る時は、身動きできないので、寝たまま3人がかりで運び入れてもらった。
退院が決まってからは、家に帰ったら何を食べようと、ずっと考えていた。
頭に浮かんだのは、ハンバーガーと、焼きそば。
家に帰ってからは、食べるものがなんでもおいしくて、念願だったハンバーガーも家族に買ってきてもらって、一口食べられた。

家はいいよ。
こうして寝ていても、家族が歩く足音が聞こえる。
朝、「行ってきます」と子どもたちが出かけて、夜には「ただいま」と帰ってきてくれる。
台所から漂ってくる味噌汁のかおり、家族のざわめき。
病院と違って、家なら淋しくない。
同じ家の中で、24時間家族と一緒にいられる。
家に帰ってきたら、ガンの痛みもすっかりとれて、動けるようになった。
初めて自分の足で立てた時は、あんまりうれしくて、ついつい無理して・・・。
筋肉痛で足が痛くなった。
病院で寝てる間にすっかり筋肉がなくなってたんだ。
でも、自分で動けるのは、なによりうれしい。
家に帰れてよかった。
ぼくは幸せだ。
(50代のガン患者の談話より)
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病院から退院する時、「なにかあったら、いつでも病院に帰ってきてくださいね」と
医師や看護師が言うらしい。
一見安心なこの言葉を、小笠原先生は
「悪魔のささやき、魔女のつぶやき」
と呼んでいます。

病院には、生活はない。
好きなことをする自由もない。

「最後は自宅で過ごしたい」という望みをかなえ、自宅で天国に旅立つ人は、家族も含めて、みな笑顔だと、小笠原先生は熱心に話してくれました。
また、実際にわたしが往診に同行してお会いした患者さんは、みな自宅で笑顔で暮らしていました。

「病院で死ぬのが一番良くて、安心だ」という常識を、一度立ち止まって、考え直す時期にきているのかもしれません。

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家族介護がない独居がん患者を自宅で看取る「小笠原内科」

『在宅療養支援診療所』として、24時間対応で在宅医療を行う「小笠原内科」に行ってきました。

もしも、あなたがガンになって、「病院ではこれ以上の治療はできません。あとは死を待つだけです」と言われたら、どうしたいですか?
「このまま病院で死ぬのを待つだけなんていやだ。できれば自宅に帰って死にたい」
そう思う人は、多いのではないでしょうか。

小笠原内科は、ガンの末期の人の「家に帰りたい。家で死にたい」という願いをかなえる在宅医療を行っています。

とりわけ驚くのは、家族の介護がまったく期待できない、1人暮らしのガン患者も在宅で看取っていること。
『エベレストに登る位大変だ』と思われていた『独居ガンの看取り』。
それにもかかわらず、小笠原内科は最近約1年で、5人の独居ガン患者を看取っているのです。
(在宅看取りは直近17ヶ月で、69人という実績)

小笠原内科の小笠原文雄院長は、
「お金がない生活保護の人でも、独居ガンの看取りはできる。お金に余裕があれば、1日15000円で自費ヘルパーをやとって、生活の楽しみを増やして安心して家で死ねる」
と話します。

「1人暮らしのガン患者でも家で死ねる」
と公言するのは、小笠原内科が同じ建物内にある訪問看護ステーションと連携して、必要な訪問看護と訪問医療を行うシステムを確立しているから。
わたしが訪問した日は、朝8時45分から、訪問看護ステーションの訪問看護師10人と、小笠原内科の医師2人が一堂に会し、ケアカンファレンスを行っていました。
(小笠原内科には、医師が4人います)
ケアカンファレンスでは、その日に訪問看護と往診に行く患者の状況が報告され、それにどう対処するかが話し合われていました。

訪問看護ステーションは、小笠原内科の2階にあり、訪問看護師10人が勤務しています。
訪問看護を行っている患者は、現在、約150人。
ガンの看取りに力を入れているため、1回の訪問看護の時間をたっぷりとっており、1人の看護師が午前2軒、午後2軒程度を訪問するという、ゆとりのあるシフトを組んでいるのが特徴です。
患者や家族の話を傾聴し、時にはフットマッサージを行うなどのリラクゼーションも行っているのだとか。
「フットマッサージをするのは、癒しの雰囲気を大切にするため。1カ所に1時間くらいは滞在します」ということでした。

小笠原内科が訪問医療と訪問看護を行うのは、基本的に車で15分以内で行ける範囲。
ですが、それよりも遠い所に住む患者も在宅看取りができるように、複数の訪問看護ステーションと在宅支援診療所が連携して、ガンのターミナルを行う試みも始めています。

小笠原文雄院長は、独居ガンの看取りが他の在宅支援診療所でもできるように、論文を発表しています。
「在宅緩和ケアで実現する独居がんの看取り~パターン分類~」というタイトルで、勇美財団のサイトにアップされていますので、興味のある方は、ぜひご覧下さい。
http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/main/jissai.html

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