三好町のサンアートで、「認知症になっても安心して暮らせるまちに」というテーマで、パネルディスカッションが行われました。
三好町制施行50周年記念事業として行われた
ずっと笑顔で このまちで暮らしたい!
と題した講演会&パネルディスカッション
コーディネーターをつとめた岡久美子さんの適切な仕切りもあって、後半には会場からの発言も活発に出るなど、認知症の人をみんなで支えたいという熱意と、これからの可能性を感じさせる良い会になりました。
パネリストとして、認知症の実母を家に引き取って介護している方が参加。
実際に介護をしている立場からの発言は、やはり当事者としての重みがありました。
認知症であることをオープンにして、いろいろな場所に認知症のお母さんを一緒に連れて行っているというお話でしたが、「地域の人がなにかと気に掛けて声を掛けてくださるのが、本当に支えになっている」という笑顔での発言に、胸をうたれました。
三好町では、町内の4つの地域で「認知症サポーター養成講座」を開催し、すでに250人のサポーターが誕生しているとのこと。
認知症サポーターになったという方から、「一度、講座を受けただけでは、実際にどう接して良いのかとまどう部分も残る。もっと継続的な講座があれば、地域でも支えやすくなる」という声が上がり、住民の意識の高さを感じました。
また、ちょっとおかしいと感じた時に、どう接したらいいだろうという討論を受けて、会場から看護師の方が、「おかしいと感じたことをすぐに言うのでなく、まず、その方の良いところ、服のセンスがいいですねとか、持ち物をほめるなどして一呼吸おいてから。笑顔でゆっくり、話すといいのでは」と発言。笑顔で接する大切さを指摘する話に、拍手がおきるなど、会場のみんなで考え支え合う空気が流れるのを感じました。
さて、
パネリストとして、1人10分程度の話を最初にしたのですが、予定していた原稿の半分くらいしか話せなかったので、おまけとして下記に掲載しますね。
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(以下、パネリスト 山下律子の発言です)
こんにちは。「介護施設と地域を結ぶ市民の会」の山下律子です。
みなさまのお手元にある介護情報誌「ぬくぬく」の発行・編集・取材も行っています。
今日は、長年、介護の現場を取材してきたライターとして、また市民ボランティアとして、県内の介護施設を訪問調査してきた経験を踏まえて、お話しようと思います。
実際に介護施設に出かけて、一番問題だと感じたのが、認知症で苦しむ入居者の方へのケアでした。
介護保険が始まる年に、介護施設での拘束禁止が法令化されました。
入居しているお年寄りを、縛ったり、鍵をかけて閉じこめたりしてはいけないということになったのです。
でも実際に施設に出かけてみると、多くの介護施設には、認知症のお年寄りを集めたフロアがあって、出入り口には鍵がかかっています。
エレベーターも暗証番号を入力したり鍵をつかわないと、押してもこないようになっています。
認知症になって施設に入ったら、ずっと施設の中に閉じこめられて、死ぬまで自由に外にでることができない。
これでは、認知症になったら怖い、大変だと、みなさんが思うはずです。
認知症の方が集められているフロアでは、床に寝ころんでいるお年寄りを見ました。
昼夜逆転を防止する、つまり昼間寝てしまって夜動き回るといけないからという理由で、その方のベッドがある居室に鍵がかけられていて、中に入ってベッドで横になれないようにしていたからです。
廊下の冷たい床で寝るのは良くて、自分のベッドで寝るのはダメ? なんて、へんですよね。
認知症の人は閉じこめるだけで、職員がかかわったりはしないため、ほとんどの方がじっと椅子に座って、ただぼんやり座っているだけ。
座り込んで居眠りしている人もいて、これなら自室のベッドで昼寝をさせてあげる方がいいのではと感じました。
おむつを自分ではずせないように考えられた、つなぎ服というものがあります。
ファスナーがあって、ピッーとファスナーをあげて、鍵をかうようになっています。
鍵を使わないと脱ぐことはできませんから、もちろん着せられた人が自分で脱ぎ着できるわけはない。なにせ自分で脱げないようにするための拘束服なのですから。
つなぎ服も、拘束禁止の項目に入っていますが、認知症のお年寄りにつなぎ服を着せている施設はいまだにあります。
おむつをはずすのは、おしっこが出て濡れてしまって気持ちが悪いからです。
うんちが出てしまって気持ちが悪いから、はずしてしまう。
だけど、それって当然ですよね。
プロの介護士なら、出てしまう前に様子を見てトイレにつれていったり、もぞもぞ気持ち悪そうなら、すぐにおむつを交換します。
実際、そうやっている施設もあります。
ですが、1人1人の排泄のリズムをつかんでトイレ誘導をしたり、出てもすぐにおつむを交換する手間をかける代わりに、おむつをはずせないように拘束服を着せてしまおうという施設もあるのです。
私がヘルパー2級の実習で、特別養護老人ホームに行った時のこと。
認知症の方への食事介助で、先輩職員は、おかゆの器に他のおかずを全部入れて混ぜ混ぜし、その上に粉薬を振りかけて、「はい、どうぞ」と渡しました。
グループホームを訪問調査した時には、もっと怖い光景も目にしました。
グループホームでは、認知症のお年寄りが自分たちで食事を作るところも多いのですが、そこは外から宅配のお弁当をとるという方針の施設。
届いた弁当箱から、食器に移し替えていたのですが、飲み込みが悪い入居者用の食事ということで、ミキサーに弁当箱の中身をすべて入れて、ガアッーとかき回したのです。
フライも添えてあるキャベツも、酢の物も、煮物も全部。
出来上がったのは、灰色のドロドロの物体。
「いったいどんな味がするのか、想像することはないのだろうか」「自分だったら、食べられるの?」と、怒りさえ感じました。
こうした認知症のお年寄りへの施設の姿勢は、認知症についての正確な知識がないためです。
認知症の方をどうケアしたらいいのかわかってきたのは、実は最近のことなのです。
認知症の方本人が、自分の思いや苦しみ、困っていることを発言しはじめたのです。
その先駆けが、オーストラリアのクリスティーン・ブライデンさんという女性で、アルツハイマー病と診断されてから、『私は誰になっていくの?-アルツハイマー病者からみた世界』(クリエイツかもがわ)
『私は私になっていく-痴呆とダンスを』という2冊の本を書き、認知症になってどんなことが大変か、困っているのか、どう接して欲しいのかを、当事者として発言しました。
「認知症になったら、家族は大変だけど、本人はいいよね。どうせなにもわからないんだから」という言葉をよく聞きますが、これは大間違い。
実は、自分がなんだかおかしくなっているということを、本人が一番よくわかっていて、苦しんでいるのです。
私の祖母は認知症になり、グループホームで亡くなりました。
よく認知症になると、「財布をとられた」「泥棒がいる」と言うといいますね。
祖母は反対で、私の顔を見るたびに「お年玉はもうあげた?」と何回もお金を渡そうとしました。
祖母は豊明に住んでいたのですが、けっこう大きな地震が起こった時に、孫の私を心配して「大丈夫だったかい?」と電話をかけてきました。
その時には認知症だとわかっていましたので、祖母が心配ですぐに豊明に行ってみると、祖母はけろっと地震があったことも、電話してきたことも忘れていました。
居間に座っておしゃべりをしていたのですが、ふと祖母が真顔になって、「このごろ、よくもの忘れするみたい。いったいどうしたらいいんだろうねえ。みんなに迷惑かけたくないんだけどねえ」というのです。
祖母には認知症になったことは伝えていませんでしたが、自分でも何か変だ。家族の迷惑になっていると感じていたようです。
認知症は記憶と認知の障害がおこります。近い記憶から忘れてしまう、時間や場所、ものの名前がわからなくなる。それが認知症の特徴です。
ですから、認知症の方は、いつも不安です。
介護施設に入っていても、自分はどこにいるのか、なぜここにいるのか、親しげに話しかけてくる人はだれなのか、わからないのです。
新しいことは覚えられないのですから、これは当然ですね。
でも、人間の不思議なところというか、記憶はなくしても、その時感じた思いはなくさないのです。
いつもかかわってくれる介護職員は、名前は覚えられません。
でも、なんとなく親しい感じは残ります。いやな思いをすれば、「この人嫌い!」という形で、ちゃんと残りますし、優しくされれば、「この人はいい人」という思いは残ります。
外へ出かけてきれいな花を見たり、おいしいものを食べれば、何をしたかの記憶には残らなくても、その幸せな思いは心に積み重なっていきます。
周囲の環境やケアが大事なのは、そのためです。
「どうせ何もわからないだろう」「何しても忘れちゃうし」と、邪険に扱ってはだめだということですね。
認知症の方は感性が鋭い分、普通の人よりも、ちゃ〜んとわかっているんですよ。
認知症になっても安心なまちを作るためには、認知症という病気について、正確に知ること、認知症になった人が安心して暮らせるようにどう周りがかかわればいいかを知ることが大切です。
認知症になっても安心といえるようになるには、私たち1人1人が、これからどう行動していくかにかかっていると思います。
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