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病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死?!

いきなり、衝撃的なタイトルですが・・・。
これは、独居ガン患者を在宅で看取るシステムを作り上げた小笠原内科・小笠原文雄院長の言葉。
「病院で手術や放射線療法、化学療法などで戦ったものの、刀折れ、矢つき無念の最期を迎えることになる末期のガン患者。最後は治療方法がなくなり、医師も看護師も患者に近づきたがらなくなる。患者は好きなものを食べることも、お酒を飲むことも、好きなことをすることも許されぬまま、病院という監獄に閉じこめられて、孤独なまま死んでいく」と、小笠原先生は指摘します。
だから、「病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死」。
こうした病院での死のつらさに対して、「在宅死は希望死・満足死・納得死」と小笠原院長はいいます。

そもそも、小笠原先生が在宅医療にめざめたのは、自宅で亡くなった1人のガン患者との出会いだったとうかがいました。

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ガンの末期で自宅で療養していた男性のところに、往診で通っていた時のこと。
ある日の早朝、そこの奥さんが、ぼくにこう言った。
「先生。男の人って、最後まで格好つけたいものなのかしら。夕べ、うちの人はわたしにむかって『もうすぐ旅に出るから、旅行鞄と靴を用意してくれ』って言うんです。それで『わたしも一緒に連れてって』と言うと、『おまえはまだ来なくていい。おれ1人で行くから』って。それで、夫の枕元に、鞄と靴を用意したんですけど。先生、気がつかれました?」
ぼくは、「そういえば、大きな鞄があったように思うけど、靴はふつう、玄関に置くものでしょう」と答えた。
するとすぐさま、「先生。天国への旅に出るんですから、枕元に揃えておかないと」と奥さん。
なるほどなぁと思いながら医院に帰ってきて、その当日。
午前の診察中に、その奥さんからご主人が「いま息を引き取りました」という電話が。
ぼくがあわてて「すぐに行きます」というと、
奥さんは「先生、主人はもう旅立ったのですから、あわてなくていいんですよ。診察が終わってから、ゆっくりおいでください」と言って電話を切った。
それで、外来患者の診察を終え、急いで自宅に駆けつけると、そこには穏やかな顔で旅立たれたご主人の姿が。
それまでぼくは、病院で苦しんで「痛い、痛い」と死んでいった患者さんの苦悶の死に顔しか見たことがなかったから、その穏やかな顔にガツンと殴られたようなショックを受けた。
ああ、在宅だと、あんなに穏やかな顔で死んでいけるんだ!
ぼくが在宅医療にはまったのは、それからだ。
(小笠原先生の談話より)
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小笠原先生に、最初に「病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死」と聞かされた時は、正直言って、えっ?という違和感があって、思わず聞き返しました。
ですが、その話の後で、小笠原先生について往診にまわった時に、ある一軒の家で、病院から自宅に戻って2ヶ月の男性に出会い、小笠原先生の言葉は「なるほどこういうことだったのだ」と、腑に落ちたのです。
その男性は、病院での孤独やつらさ、自宅に戻れた喜びを、涙ながらに語ってくださいました。
残念ながら録音していたわけではないので、正確ではないかもしれませんが、以下に再現してみます。

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病院では、少しでも体を動かすと痛いので、じっとベッドに横になったまま、ずっと天井だけを見ていた。
食事はまったく食べる気がしなかった。
必要な栄養は点滴で体に入れられるので、何も食べなくてもいいと思った。
病院の先生が、「もうこれ以上の治療は、病院ではできません。転院してください」と言った。
ぼくが「どんな病院に移るのですか」と聞くと
「死ぬまで出られない病院です」という答えが返ってきた。
このまま、痛みのためにピクリとも身動きできず、だれとも逢えぬまま、死ぬまで病院にいなければいけないのかと思ったら、涙がとまらなかった。
必死で考えていたら、在宅医療をしている小笠原内科のことを思い出した。
妻に「おれの最後の頼みだから、小笠原内科に行って頼んでくれ」とすがり、小笠原先生が病室に来て「家に帰れますよ」と言ってくれた。
それから病院を退院して、家に戻った。
家に戻る時は、身動きできないので、寝たまま3人がかりで運び入れてもらった。
退院が決まってからは、家に帰ったら何を食べようと、ずっと考えていた。
頭に浮かんだのは、ハンバーガーと、焼きそば。
家に帰ってからは、食べるものがなんでもおいしくて、念願だったハンバーガーも家族に買ってきてもらって、一口食べられた。

家はいいよ。
こうして寝ていても、家族が歩く足音が聞こえる。
朝、「行ってきます」と子どもたちが出かけて、夜には「ただいま」と帰ってきてくれる。
台所から漂ってくる味噌汁のかおり、家族のざわめき。
病院と違って、家なら淋しくない。
同じ家の中で、24時間家族と一緒にいられる。
家に帰ってきたら、ガンの痛みもすっかりとれて、動けるようになった。
初めて自分の足で立てた時は、あんまりうれしくて、ついつい無理して・・・。
筋肉痛で足が痛くなった。
病院で寝てる間にすっかり筋肉がなくなってたんだ。
でも、自分で動けるのは、なによりうれしい。
家に帰れてよかった。
ぼくは幸せだ。
(50代のガン患者の談話より)
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病院から退院する時、「なにかあったら、いつでも病院に帰ってきてくださいね」と
医師や看護師が言うらしい。
一見安心なこの言葉を、小笠原先生は
「悪魔のささやき、魔女のつぶやき」
と呼んでいます。

病院には、生活はない。
好きなことをする自由もない。

「最後は自宅で過ごしたい」という望みをかなえ、自宅で天国に旅立つ人は、家族も含めて、みな笑顔だと、小笠原先生は熱心に話してくれました。
また、実際にわたしが往診に同行してお会いした患者さんは、みな自宅で笑顔で暮らしていました。

「病院で死ぬのが一番良くて、安心だ」という常識を、一度立ち止まって、考え直す時期にきているのかもしれません。

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在宅医療を考える」カテゴリの記事

コメント

読んでいたらガンで死んだ祖母を思い出して、涙が出てきました。

病院の個室で徐々に弱り、最後のほうは喋れなくなっていった祖母。
何かしてあげたいのに、何も出きないことがすごく悔しくて悲しくて、2,3回しか会いに行くことが出きなかったです。

小笠原先生のような方がいたら、祖母は全く違う最期を迎えられたのかもしれないです。

投稿: とど | 2010年1月15日 (金) 12時58分

あけましておめでとうございます。ブログは読ませていただいていました。在宅で最後を迎えるのは結構難しいと思っています。以前にもコメントさせていただきましたが、他にも病院ではタバコが吸えないからと肺ガン末期の方が自宅に帰り一週間足らずで亡くなったり、ご主人が奥さんを一度帰してあげたいと連れ帰り一泊だけで亡くなったりという方の退院支援をさせていただきました。帰るタイミングが難しく、支援する体制づくり・家族の受け入れるための精神的支援の準備など同時に必要となります。地域にそういった体制づくりができているといいですね。地域包括支援センターやケアマネジャーが協同し医療連携できるといいと思います。
山下さんが訪問看護に同行したお話し、よくわかります。床が落ちそうな家や、踏み込むと靴下が湿ってくるのがわかる家、足元をゴキブリが走る家などを私も体験しました。でも今回のブログを読んで4月頃から、また訪問看護に戻ろうかなと思ってしまいました。

投稿: 東京ばなな | 2010年1月17日 (日) 00時02分

とどさま

コメントありがとうございます。
おばあさまのことを思い出させてしまい、すいませんでした。
本当に、つらかったですね。

わたしの祖母は認知症になり、グループホームに入所したのですが、毎日毎日、「家に帰りたい」と訴えながら、わずか4が月で急死しました。
祖母のことを思うと、いつも涙がでてきてしまいます。
わたしが認知症の支援や、自宅で最後まで過ごす支援にこだわるのは、祖母のことがいつも脳裏にあるからかもしれません。

投稿: 山下りつこ | 2010年1月18日 (月) 00時47分

東京ばななさま

コメントありがとうございます。
小笠原医院の在宅看取り支援は、訪問看護ステーションの力が大きいと思います。
これに、地域包括支援センターやケアマネジャー(地域の)、民生委員などがかかわれば、もっとたくさんの人が、良い形で支援できるのではないかと感じました。

訪問看護の仕事、すごいです!
わたしは同行して、こういう人たちの力で、地域のお年寄りが支えられているのだと実感しました。
訪問看護の仕事に復帰されること、期待しております。

投稿: 山下りつこ | 2010年1月18日 (月) 00時51分

訪問看護をしています。今日、独居のがんの方を看取りました。幸いご臨終の瞬間に、家族や訪問看護が間に合って、「1人で逝ってしまった」という状況が回避されました。 改めて「看取り」「孤独死」「在宅死」について考えていました。 このブログを見て、彼は「納得死」だったなと思いました。
 ヘルパーさんの力も大きかったですね。
スタッフの中にも不安が大きく大変な面がありました。
家族が必ず側にいるのが看取りの条件なのでしょうか。1人で逝くにしても本人が望めば支えるしかないですよね。

投稿: ぬくもり・真 | 2010年6月 1日 (火) 22時47分

ぬくもり・真 さま

ブログをお読みいただきまして、ありがとうございます。
コメントいただき、心から感謝しております。
(それなのに、お返事が遅くなりまして、本当に申し訳ありませんでした)

小笠原先生は、独居のがんの方を何人も看取っていらっしゃいますが、今まで不思議と「1人で逝ってしまった」という例はないそうです。

「なんでかなぁ。不思議なんだけど、気力で待っていたとでもいうのか。ぼくは、家族や訪問看護師に“ありがとう”と最後に言いたくて、待っていてくれたような気がしてならない」
と話してくださいました。

でも、家族が必ず側にいることは、看取りの条件ではないと小笠原先生はおっしゃっていました。
本人が「納得死」と思えるのなら、孤独死ではないのではと思います。

訪問看護のお仕事、がんばってください。
応援しております。

投稿: 山下りつこ | 2010年6月 4日 (金) 22時36分

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