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自分で選ぶ終末期医療

介護情報誌「ぬくぬく」の主催で、3ヶ月に1度、老い支度講座を行っています。
今日のテーマは、
『自分で選ぶ終末期医療』

だれにでも訪れる最後の時を、どこでどのように迎えるのか。
口から食べられなくなった時に、経管栄養やIVHを行うのか。
人工呼吸器はつけるのか。

そうした終末期医療の自己選択についてが、今回のテーマでした。

「終末期」というかなり重いテーマでの勉強会だったのですが、予想以上に参加者(おもに高齢者の方々)が多く、こうした問題への関心の高さを実感しました。

講師役というか、司会進行役をわたしが務め、参加者に終末期医療についての思いを語り合ってもらうという形ですすめたのですが、話題提示をしている途中に、手を挙げて発言を求める人がいたりと、最初から最後まで、活発な意見の応酬が続きました。

特に話題が集中したのが、
東海ターミナルケア研究会のホームページで公開されている「リビングウィル(終末治療の中止を求める意思表明書)について。
http://www.tokai-medi.co.jp/tamiken/livingsample-top.html
 ↑ 上記のページで、リビングウィルの見本が3種類掲載されているのですが、これをプリントアウトしたものを勉強会で配布しました。

このリビングウィル(本人の署名・捺印があるもの)を、医師に提示したら、本当に延命治療をやめてくれるのかということについて、議論が紛糾。

90歳をこえる実母を看取った家族から
「延命治療はしたくないと、母も言い、兄弟もその意思を尊重して延命はやめてくださいと、医師と話をしていた。
ほぼ老衰に近い状態で食べられなくなった時に、医師から「栄養や水分を直接、足の動脈に送るための管をつける手術をしましょう」と言われた。
その治療は母がいやがっていた延命だと思い、反対したが、医師からはまだ終末期ではないと言われ、わりきれない気持ちを抱えたまま、手術を承諾した。
結局、手術の日の朝、母は息を引き取り、手術はしないで済んだけれど・・・。
医師によって終末期かどうかの判断が違うと実感した」
という話がでたり、
「そもそも救急車で病院に運ばれれば、救命救急で人工呼吸器までつけてしまう。救命前に、人工呼吸器をつけるかどうかを聞くような時間的な余裕はない」
「夫は死後の献体を望んでいたが、家族の思いとして、亡くなった夫の体に傷を付けたくなくて、本人の意思とは反しても献体はことわった」
「法的整備が整わず、医師が延命治療をやめることが後々の訴訟リスクにつながる現状では、本人が延命治療中止の意思表明をしても、家族が反対したら本人の希望にそうことができない」
など、さまざまな意見がでました。

最終的には、どんな終末医療を選ぶかを自分で考えて文書にし、それを家族に見せて自分の意思を尊重してもらえるように話をするしかないという結論に。

自分の死
について、自分で考えたり、家族と話したりすることは、大切なこと。
どんな終末医療を選ぶのか。
ひとりひとりが、じっくり考え話し合うべき時が来ているのかもしれません。

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コメント

アメリカの医療機関では、牧師や僧・各種セラピストを呼ぶことは自由で、むしろそれを支援するコーナー(相談員)が配置されていたりしますね。日本のがんセンターにも試験的に導入が進んでいますが、病院の役割は変わり続けているようですね。

投稿: bamboo | 2010年1月31日 (日) 22時41分

bambooさま

こんにちは。
コメントありがとうございます。

アメリカは宗教的なバックボーンが、しっかり生活に根ざしていますものね。
日本人は宗教的な支えがない分、ほかの形で心を支える仕組みが求められているように思います。

投稿: | 2010年2月 2日 (火) 23時53分

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