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2010年1月

住民投票条例の制定が自治体の義務になるか

住民の意思を「住民投票」という形ではかり、地方自治体の意思決定に反映させる「住民投票条例」。
これまでは、住民投票条例を設けるかどうかは、各市町村の行政にまかされていたこともあって、常設型の住民投票条例を制定している自治体は、数えるほどしかありませんでした。

それが、民主党に政権交代したことで、大きく変わりそうです。

YAHOO!ニュースから転載します。

------------------------(ここから引用です)----------------------

<住民投票法案>策定へ 条例を自治体に義務付け

政府は、住民投票の結果を地方自治体の意思決定に反映させるため、「住民投票法案」の策定作業に入った。
早ければ次期臨時国会に法案を提出し、成立を目指す。
住民投票は住民の意思表明手段として活用されてきたが、投票結果が受け入れられないケースもある。
鳩山由紀夫首相は施政方針演説で「今年を地域主権革命元年とする」と述べるなど、地方分権改革を内閣の「一丁目一番地」に位置付けており、住民投票法制定で政権の姿勢を印象づける狙いもある。

住民投票の実施に必要な住民投票条例の制定は従来、地方自治体に任されていた。
常設の住民投票制度を条例として制定した自治体は広島市など数えるほどで、住民がさまざまなテーマで自由に住民投票の実施を求めるのは難しいのが実情だ。

法案は、民主党が00年に衆院に提出し廃案となったものをベースに検討を進めている。
すべての地方自治体に住民投票条例の制定を義務付けるほか、人口に応じた一定の有権者の署名により、住民投票の実施を自治体に義務付けることなどを想定している。

ただ、投票結果に法的拘束力を持たせることには慎重な意見が強く、自治体の尊重義務になる見通し。
一方、条例の制定・改廃についての住民投票は、議会の同意を得た場合、投票結果に拘束力を持たせることも検討している。

住民投票条例を巡っては、新潟県旧巻町で96年に条例に基づく全国初の住民投票が、原発建設計画の賛否をテーマに行われた。
投票結果に法的拘束力はなかったが、反対が6割を超え計画は最終的に撤回された。
その後、沖縄県が米軍基地の整理縮小などを問う住民投票を実施するなど、各地で住民投票がブームとなった。

しかし、名護市で97年に実施された海上ヘリポート建設を巡る住民投票で、反対が過半数を占めたにもかかわらず市長が受け入れを表明するなど、結果が反映されないケースが続発。
ブームは一気に下火となった。

住民投票法の制定は、民主党の衆院選マニフェストには入っていないが、「09年政策集」には盛り込まれている。

(毎日新聞 1月31日2時30分配信)
--------------------(引用ここまでです)------------------------

地方分権をすすめるためには、行政への住民参加をどう確保するかという点が欠かせません。
本来なら、市町村が主体的に常設型の住民投票条例を制定していくべきなのですが、国が決めることで一気に住民参加の仕組みが作られる動きがあることに、注視していかなければとならないと思います。

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自分で選ぶ終末期医療

介護情報誌「ぬくぬく」の主催で、3ヶ月に1度、老い支度講座を行っています。
今日のテーマは、
『自分で選ぶ終末期医療』

だれにでも訪れる最後の時を、どこでどのように迎えるのか。
口から食べられなくなった時に、経管栄養やIVHを行うのか。
人工呼吸器はつけるのか。

そうした終末期医療の自己選択についてが、今回のテーマでした。

「終末期」というかなり重いテーマでの勉強会だったのですが、予想以上に参加者(おもに高齢者の方々)が多く、こうした問題への関心の高さを実感しました。

講師役というか、司会進行役をわたしが務め、参加者に終末期医療についての思いを語り合ってもらうという形ですすめたのですが、話題提示をしている途中に、手を挙げて発言を求める人がいたりと、最初から最後まで、活発な意見の応酬が続きました。

特に話題が集中したのが、
東海ターミナルケア研究会のホームページで公開されている「リビングウィル(終末治療の中止を求める意思表明書)について。
http://www.tokai-medi.co.jp/tamiken/livingsample-top.html
 ↑ 上記のページで、リビングウィルの見本が3種類掲載されているのですが、これをプリントアウトしたものを勉強会で配布しました。

このリビングウィル(本人の署名・捺印があるもの)を、医師に提示したら、本当に延命治療をやめてくれるのかということについて、議論が紛糾。

90歳をこえる実母を看取った家族から
「延命治療はしたくないと、母も言い、兄弟もその意思を尊重して延命はやめてくださいと、医師と話をしていた。
ほぼ老衰に近い状態で食べられなくなった時に、医師から「栄養や水分を直接、足の動脈に送るための管をつける手術をしましょう」と言われた。
その治療は母がいやがっていた延命だと思い、反対したが、医師からはまだ終末期ではないと言われ、わりきれない気持ちを抱えたまま、手術を承諾した。
結局、手術の日の朝、母は息を引き取り、手術はしないで済んだけれど・・・。
医師によって終末期かどうかの判断が違うと実感した」
という話がでたり、
「そもそも救急車で病院に運ばれれば、救命救急で人工呼吸器までつけてしまう。救命前に、人工呼吸器をつけるかどうかを聞くような時間的な余裕はない」
「夫は死後の献体を望んでいたが、家族の思いとして、亡くなった夫の体に傷を付けたくなくて、本人の意思とは反しても献体はことわった」
「法的整備が整わず、医師が延命治療をやめることが後々の訴訟リスクにつながる現状では、本人が延命治療中止の意思表明をしても、家族が反対したら本人の希望にそうことができない」
など、さまざまな意見がでました。

最終的には、どんな終末医療を選ぶかを自分で考えて文書にし、それを家族に見せて自分の意思を尊重してもらえるように話をするしかないという結論に。

自分の死
について、自分で考えたり、家族と話したりすることは、大切なこと。
どんな終末医療を選ぶのか。
ひとりひとりが、じっくり考え話し合うべき時が来ているのかもしれません。

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家族が介護すべきと思わないで

家族介護をめぐる、哀しい事件が相次いでいます。

昨日の中日新聞に、去年、関市でおきた介護殺人事件について、拘置中の被告に取材して書いた記事が掲載されていました。
以下に転載します。

--------------------------(ここから引用です)------------------

貧困とサービスへの理解不足が影落とす 関の介護殺人事件

 岐阜県関市で昨年7月、自転車修理・販売業野沢伸一被告(61)が在宅介護で寝たきりの母静さん=当時(83)=を殺害した事件で、殺人罪で起訴され拘置中の同被告が本紙の取材に書面で答えた。施設介護に頼らなかった理由を「お金を持っていなかった」などと回答。介護に専念して家業の収入はゼロに近く、事件には「貧困」と介護サービス自体への誤解が影を落としていたことが浮き彫りになった。
 野沢被告は独身で、自転車店を継いで両親と3人で同居していた。2003年に父が亡くなってからは母親との2人暮らし。警察の調べでは、事件当時の野沢被告の年収は、静さんの年金と亡父の遺族年金で得られる年額120万~130万円程度だったとみられる。
 野沢被告は施設介護について「自分も母親も、良くない印象を抱いていた」と答え、介護サービスに対する理解不足も事件の要因になったとみられる。
 犯行動機は「母親は時には死にたいと言っていたし(リウマチの)痛みも増していた。自分も命を絶ち、(2人とも)楽になりたかった」と語った。
 現在の心境は「申し訳なかったと思う半面、これでよかったのではないかとする気持ちが半々」と述べた。
 取材では、本紙の5項目の質問内容に対する野沢被告の回答を、国選弁護人の浦田益之弁護士が書き取った。浦田弁護士によると、同被告は人付き合いが苦手で接見でも口数が少なく、今回の質問への回答は計7回の接見内容も踏まえてまとめたという。
 公判は、2月2日に岐阜地裁でスタート。介護殺人事件をめぐる裁判員裁判は中部地方初で、在宅介護で行き詰まった経緯の解明が焦点になる。

◆一問一答
-在宅介護を続けた理由は?
 介護は在宅でするものと考えている。店に来る客が『施設は親身になって見てくれない』とも言っていた。母親も頑として施設に入るのを嫌がっていた。費用も1カ月18万円くらいかかると思い、施設での介護は良くない印象を抱いていた。お金を持っておらず、それ以上調べる必要も感じなかった。
-殺害のきっかけは?
 (事件の朝は)いつもと違って母親が(ベッドで)目をつむったままだったので、このまま楽にさせてあげようと考えた。母親は時には死にたいと言っていたし、ここ1週間、痛みも増していた。自分も命を絶ち、楽になりたかった。一緒に死ぬことしか考えなかった。殺害をするのに手間取ってしまい、張り詰めた気持ちがなえ、(後を追う)きっかけを失った。
-母親に対して今はどう思っているか?
 殺害に及んだとき母親は意識もあり、両手を動かすこともできた。だが、両手を伸ばしたまま両脇にくっつけるような姿勢をとっていたので、自分が何をしようとしているかを知り、それを容易にさせようとしていることが分かった。心の中で何回もごめんねとつぶやいた。申し訳なかったと思う半面、これでよかったのではないかとする気持ちが半々。

【関の介護殺人事件】
 2009年7月25日午前5時ごろ発生。野沢伸一被告が同居する母静さんをモンキーレンチで殴るなどして殺害。野沢被告は「介護に疲れた」と、近くの交番に自首した。岐阜地検は同年8月、殺人罪で野沢被告を起訴した。静さんは30数年来のリウマチで、最近5年ほどは寝たきりだった。野沢被告の刑の減軽を求める嘆願書には同級生や近隣住民ら7600人分の署名が集まった。

(中日新聞/2010年1月27日 )
------------------------(引用ここまでです)------------------------

在宅介護にいきずまって、事件をおこした被告が、「なぜ在宅介護を続けたのか」という質問に対して答えているのが、

・介護は在宅でするもの
・『施設は親身になって見てくれない』と思っていた
・母親も頑として施設に入るのを嫌がっていた
・費用が1カ月18万円くらいかかると思っていた
という4点。

施設の介護は、肉親による介護より劣る。
施設は高くて利用できない。
という思いこみは、この被告の男性に限らず、ちまたに溢れていると思います。

しかし、介護保険の施設(特別養護老人ホーム、老人保健施設、療養型病院)は、1ヶ月の利用料は、お金がない人も利用できる金額です。
(国民年金しかない人なら、1ヶ月5〜7万円で入れます。足りない分は、生活保護で補うこともできます)
また、最近の施設は個室化がすすみ、栄養士が栄養バランスを考えた食事をきちんと3食とれ、空調で年中快適な温度に保たれた中で暮らせるので、自宅にいた時より元気になる人が多いのです。

特養ホームは待機者がいっぱいで、入れない。
というのも、ある意味誤解があります。
特養ホームは措置が残っているので、どうしても家族が介護を続けられなくなったら、市町村の役場に「このままでは一家心中です」と訴えれば、緊急入所することができます。

なにより
一番の誤解は
「家族介護が一番幸せ」「家族が介護してあたりまえ」
という世間の常識。

介護はプロの介護士が行う方が、家族よりいい介護ができる。
在宅介護にこだわらず、いい施設を選んで入った方が幸せ。

そう皆が思えば、家族が介護に疲れて不幸な事件に繋がることも減るのではないかと思うのです。

介護殺人を引き起こす原因には、「家族が介護すべき」という思いこみが根底にあります。
家族が介護すべきと思わないでほしいと、痛切に願います。


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がん患者の情報収集と交流の拠点・ピアネットに行ってきました

がん患者の情報収集と交流の拠点・ピアネットに行ってきました
「名古屋市がん相談情報サロン ピアネット」は、がんの患者同士が情報交換をし、学びあう場として誕生しました。

運営しているのは、がん医療の「地域の情報」と「支え合い」をめざして活動してきたNPO法人ミーネット。
名古屋市との協働事業ということで、市から月に30万円の委託費を受けていますが、それだけでは足りないのが現状とか。
それでも、行政との連携でがん相談情報サロンという事業を行うことで、医療機関の信頼も得やすく、NPO単独で活動するより可能性が広がっているというお話でした。

ピアネットは、地下鉄「丸の内」の1番出口からでて、徒歩1分という行きやすい所にあります。
NUP・フジサワ丸の内ビルの1階にあるのですが、ちょっと残念なのは、外に目に入るような看板がなく、通りがかりの人が「ここに、市のがん相談窓口があるんだなぁ」とわからないこと。
ビルの入り口を入ると、写真のような扉があるので、「なるほど、ここね」とわかるのですが。
簡単な看板が表に出ていると、宣伝にもなっていいのにと思いました。

さて、おずおずと「名古屋市がん相談情報サロン・ピアネット」のドアを開けると、「どうぞ、お入り下さい」という優しい声が。
相談支援をお手伝いするスタッフが、にこにこと笑顔で迎えてくれて、ちょっとほっとした気持ちになりました。
入ってすぐに目に付くのが、がん医療に関する新聞やリーフレット。
壁には本棚があり、がん医療や介護についての書籍がずらりと並べられています。
聞くと、800冊ものがん書籍、地域医療機関の診療情報、がんに関するDVDなどが用意されているのだとか。
パソコンも置いてあり、必要ながん情報を検索して取り出せるようになっています。

とりわけ特徴的なのが、がん医療の相談にのっているのが、がんの治療を受けたことのある患者さんだということ。
6ヶ月間にわたる研修を修了したピアサポーター(がん治療体験者)が、がんで悩む本人や家族の思いを受け止め、相談にのっています。

医師や看護師など医療関係者ではなく、がん患者やその家族が相談にのってくれるので、つらい気持ちを「わたしもそうだった」と受け止めてもらえるのが、何よりのメリット。
ピアサポーターはがんの病気(部位)別にいるため、それぞれのがんについて、いったいどんながんなのか、どんな治療が標準なのかという基礎知識から気軽に学べます。
「同じ患者同士なので、手術のあとの後遺症のことを聞いたり、日常生活で困ったことを相談したりするのに、とても力を発揮します」
と、所長の花井さんは、がん体験をした仲間と話す利点を話してくださいました。

一昔前までは、がんは本人には告知せず、家族にだけ話すというのが一般的でしたが。
個人情報保護の関係もあって、今は「がんの告知は本人にする」という時代。
ですが、医師からがんの告知とそれに伴う治療の説明を受けても、本人も家族も「がんと告知されたという衝撃」で、頭が真っ白になって、医師の説明はまったく耳に入っていないことも珍しくないのだそうです。
がんであるということと、手術が必要ということだけを聞いて、わけがわからないうちに同意書にサインして帰ってきてしまう人も多いのだとか。
自分のがんがどんな病気かもわからず、標準の治療方法も知らないまま、治療方針が決まってしまうと、後になって悔やむことも。
「だからこそ、告知の段階からピアサポーターが助けに入ることが重要なんです」
と花井さんは言います。

がん告知の衝撃の中では、助けが必要です。
同じがん患者の仲間が、自分の体験や研修で学んだ知識から、悩みや迷いに寄り添い、その人が納得できる治療を選べるように支えるのが、ピアサポーターの力です。

あなたや
あなたの大切な人が
がんになったら

ひとりで悩まないで、「ピアネット」に相談してみてください。

◇名古屋市がん相談情報サロン ピアネット
 (10時〜16時 土日祝日休み)
 TEL/052-253-5588
 住所/名古屋市中区丸の内二丁目1番36号 NUP・フジサワ丸の内ビルの1階
 http://www.tokai-medi.co.jp/pdf/rihu.pdf
 

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予算は編成過程から公開し、住民の意見募集を!

2月末から始まる3月議会は、別名、予算議会。
いま、どこの自治体でも予算案をつくる最終段階に入っています。

で、タイトルの予算編成過程ですが・・・。
行政が議会に提出する予算案を決定する前の段階が、予算編成過程。
まだ予算案が固まりきっていないので、この途中の段階で住民に情報を公開し、意見を求めることが、住民主体の政治の基本だと思います。

名古屋市の河村市長が、平成22年1月12日に平成22年度予算を公表し、1月17日に予算パブリックヒアリングを行ったことが新聞などで報道され、予算編成段階での公開が注目を集めています。

しかし、一方では。
住民への情報公開に逆行するような動きも。
今日の中日新聞の記事から、以下に転載します。

-----------------------(ここから引用です)---------------------

公表の意味

瀬戸市は予算案など市議会に提出する議案の概要を、公開の委員会で議会側に説明してきた。
しかし昨年、説明の場が非公開の会合に移った。

委員会で説明した議案の内容を報道されたのが原因という。
慣例で、記者への発表はその委員会の約1週間後。
しかし、委員会を傍聴していてニュースと思えば、私も記事にした。
紙面化しないよう要請されたこともあったが、市政情報は市民のものと考えたからだ。

市議会の議事録によると、そうした記事がやり玉にあがった。
記事を見た市が市議会に相談。
市議会は議論の末、非公開を決めた。

議案をいつ公表するかに法的な決まりはなく、市議会が非公開で説明を受ける根拠もない。
行政の透明性を高めようと、予算要求から公表している先進的な自治体もある。

瀬戸市は「発表日程は記者クラブに伝えているのに、事実上、その前に公表しており是正しようと思った。取材規制の意図はない」と説明する。
ならばこの際、最初からオープンにしてはいかがだろうか。
市民のための「公表」なのだから。

(中日新聞 2010年1月24日「ペーパーナイフ」より)
-----------------------(引用ここまでです)-----------------------

東郷町では、まだ予算編成過程の公開は行われていません。
情報公開で編成過程の予算を見ることはできないかと、わたしは今月8日に、情報公開請求をしてみたのですが、残念ながら、答えは「非開示」。
町長の決定が出ておらず、予算案はまだ流動的なため、今の段階での公開はできないという返事でした。

予算編成過程での公開は、札幌市北九州市堺市などではすでに行われています。
平成22年度予算では、18の政令市のうち、6市が。都道府県では19都府県が、ホームページで公開しています。
(全国市民オンブズマン調べhttp://nagoya.ombudsman.jp/data/H22yosanweb.pdf

公開するだけでなく、期限を決めて住民からの意見を募集し、それがどう予算に反映されたかも含めて公開している行政もあります。
最終的な決定前の、予算要求から公開しているというのが、共通した特徴。
各部からの予算要求段階から、事業内容も含めて詳しく公開していくというのが、これから行政に求められている流れだと感じています。

住民と行政の協働をすすめるためにも、徹底した情報公開が。
とりわけ予算編成過程を公開し、住民の意見を聞く仕組みを作っていくことが必要です。
3月議会では、こうしたことについて、町長の見解を質したいと思っています。

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不況でDV被害が増加?!

2008年1月に、配偶者暴力防止・被害者防止法(DV防止法)が改正され、DVセンター(配偶者暴力相談支援センター)の設置が求められています。

といっても、DVセンターの設置は市町村の「努力義務」とされているため、センターを設置したのは、愛知県内では、まだ名古屋市だけ。
名古屋市は、DVの相談センターを作るだけでなく、名古屋市男女平等参画推進センターにも「女性のための総合相談窓口」を設け、平成18年度からは、各区役所内にも女性福祉相談員を配置。平成19年度からは、各区役所でも配偶者暴力相談支援センター業務を開始しています。

名古屋市配偶者暴力相談支援センター
 問い合わせ電話番号:052-853-2705
 月曜日から金曜日(祝日・年末年始を除く) 午前10時から午後5時

☆名古屋市DV被害者ホットライン
 電話番号:052-232-2201
 土・日・祝日(年末年始を除く) 午前10時から午後4時

名古屋市男女平等参画推進センターつながれっとNAGOYA相談室
 電話番号:052-241-0325
 火曜日から日曜日 午前10時から正午、午後1時から4時
 木曜日 午前10時から正午、午後6時から8時
 (祝日・第3水曜日・年末年始を除く) 

今日、区役所で相談業務をしている人に話を聞いたのですが、このところ、不況の影響からか、経済的なDV(お金を少ししか渡さない、お金の使い道を制限するなど)の相談が増えているのだとか。
夫からお金を渡してもらえないために、相談窓口に来るまでの交通費もなく、夫の留守にそっと電話で相談をする人もいるのだと聞きました。

経済的な困窮のため、離婚もできず、家から出ることもできずに悩む女性がいる。
こうした状況に、支援の手を差し伸べているNPOがあります。
昨日の中日新聞に掲載された記事を紹介します。

----------------------(ここから引用です)----------------------

DV被害者に緊急貸し付け 四日市、広がる民間支援の輪

ドメスティックバイオレンス(DV)の被害に遭い、着の身着のまま逃げ出した女性に当面の生活費や医療費を緊急貸し出しする民間の取り組みが、支援の輪を広げている。
三重県四日市市のNPO法人による「せっぱつまった貸付バンク」で、これまでに30人の女性に貸し出されている。

「夫から通帳、免許証、印鑑などすべて取り上げられ、手持ち金は1000円少々です」-。
貸付申請書には被害女性の切迫した事情が並ぶ。
健康保険証もなく、インフルエンザで高熱を出した子ども2人を病院に連れて行けない人や、5人の子どもの食費、おむつ代を求める人もいた。

三重県内の自治体が設けるDV相談窓口で、緊急貸し付けが必要だと判断された女性に、この貸し付けバンクが紹介される仕組みになっている。
申請があれば翌日までに2万円を上限に現金が届けられる。

無条件、無利子の信用貸しで、貸した後は督促もしない。
ただ、返済案内には「私たち100人が陰ながらあなたの未来を応援しています」「次の方のために必ずお返しください」と記す。
30件の貸し付けで半数近くがこれまでに返金された。

この取り組みは、DV被害に理解を示す中高年の女性30人ほどが集まり、知り合いに協力を求めるなどして集めた寄付金40万円を原資に、3年前から始めた。
100人を目標に協力者を募り、現在の原資は140万円近くになった。

被害女性の居所を突き止めようとするDV加害者の追及を避けるため、NPOの所在地などは非公表。
代表女性(69)によると、夫から逃げ出した女性が生活保護を申請しても、審査に時間がかかるケースが多いといい、「そのころが一番切羽詰まっており、手助けしたい。ここを乗り切らないと、被害女性が自立の道を歩み出すのは難しい」と話す。

被害女性の避難先となる「シェルター」を各地で運営する民間団体などでつくる全国女性シェルターネットでは生活費の融資を行うが、緊急貸し付けは珍しい。
愛知県の国際ソロプチミスト名古屋も緊急貸し付けを実施して支援の輪は徐々に広がりつつある。
四日市の代表女性は「行政がきちんと枠組みをつくるか、シェルターが各地に増えて弾力的な支援をできるようになることが必要だ」と訴える。

(中日新聞/2010年1月22日 夕刊)
---------------------(引用ここまでです)----------------------

東郷町では、DVを支援する仕組みは、まだまだ足りません。
相談センターもないため、名古屋市の相談窓口に訪れて相談する人もいるようです。

女性への暴力は絶対に許さない!
この強い意志を行政が持ち、制度を整えていかなくてはいけないと思います。

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遊んで

遊んで
ひさびさ登場! へしにゃんです♪

なにかを訴えるかのような瞳は、「遊んでほしいな」のサイン。
にゃんこは大人になっても、遊び好きで、
ねこじゃらしやネズミのおもちゃが大好き。

へしにゃんは、とりわけ、ねこじゃらしのおもちゃが好きで
口にねこじゃらしをくわえてきては、わたしの足下に置いて
じぃ〜〜っと、わたしを見つめるのです。

なにかで忙しくて、にゃんこのアピールに気づかずにいると
足下に、3本くらい、ねこじゃらしが積まれていたりします(笑)

しかたなく、ねこじゃらしを手に取ると、へしにゃんは大興奮!
パタパタねこじゃらしを振ってから、「えいっ」と投げると
だだだだだだだだだーーーーー
と走っていって、口にくわえて持ってきて・・・。
また、足下にポトッ。

これを何回か繰り返すと、満足してくれるのですが・・・。
何回やったら気が済むかは、へしにゃんの気分しだい。

「遊んで」と訴えかけるにゃんこの瞳は、可愛いけど、ちょっと大変です。

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介護に疲れた家族の力になりたい!〜「キャンナス名古屋」発足

介護保険だけでは埋められない、介護のすきま。
経管栄養や気管切開をしている重度障がい児や高齢者の介護や、旅行の付き添い、長時間の見守りなど、必要なのに介護保険では対応できないことは、いろいろあります。

公的な制度では足りない部分を少しでもカバーしようと、昨年の末、「キャンナス名古屋」が発足しました。
「キャンナス」とは、在宅介護を支援する「訪問ボランティアナースの会」。
ナースでデキルこと、つまり“キャン(Can)”から、「キャンナス」と名付けられたそうです。
第1号のキャンナスは、1997年に神奈川県でスタート。
それからも東京、千葉、広島など、全国に支部が続々と立ち上がり、名古屋支部は38番目に発足しました。
(※全国訪問ボランティアナースの会 キャンナス

代表の冨士恵美子さんは、2月に開設する予定の訪問看護ステーションの立ち上げで忙しい中、愛知県で訪問ボランティアナースを1人でも増やそうと走り回っています。

「ALS(筋萎縮性側索硬化症)をはじめ、気管切開をしたり人工呼吸器をつけた医療支援を必要とする重度の方が、たくさん在宅で暮らしています。そんな方たちを支えているのは家族ですが、家族だけではつぶれてしまいます。公的なサービスでは足りない部分を、キャンナスの活動で少しでも埋め、家族の手助けができればという思いで、キャンナスを立ち上げました」
と、冨士さん。

現在、愛知県で仲間となった訪問ボランティアナースは、10人。
名古屋市を中心に、依頼があれば高齢者や障がい者の自宅を訪れ、たんの吸引などの医療的ケアを含めた在宅介護の支援を行います。

キャンナスは有償ボランティアなので、利用には「利用協力金」が必要です。
清拭や洗髪、経管栄養、インシュリン注射などの訪問看護サービスは、1時間1600円。
食事介助や外出介助などの訪問介護サービスは、1時間1200円。
時間制限はないので、一晩付き添いで泊まったり、一泊旅行の付き添いなどもできるとか。

名古屋での活動はこれからですが、ぜひ応援していきたいと思います。

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マイケル・ムーアの最新作「キャピタリズム〜マネーは踊る〜」を見ました

週末に予定していた仕事が早く終わって、急にぽっかり時間が空いたので、思い立って映画館へ行ってきました。
話題の3D映画は、もう鑑賞済みだったし。
なんにしようかな〜、と思案していたら、知人に声をかけられて。
「面白かったから、ぜひ見て」と勧められたのが、マイケル・ムーア監督の「キャピタリズム〜マネーは踊る〜」。
ちょうど上映時間の都合もよかったので、さっそく見てきました。

資本主義を正面から問い直すドキュメンタリー映画だったのですが、マイケル・ムーア独特のユーモアと鋭い切り口に、爽快感とともに、いまの日本社会もアメリカと同じ罠にはまりかけているという怖さを感じました。

映画について、どうブログに紹介しようかなと考えていたら、ちょうどタイミングよく、昨日の朝日新聞・土曜版(Be)にマイケル・ムーア監督へのインタビュー記事が掲載されたので、それを以下に転載します。

------------------------(ここから引用です)---------------------
フロントランナー
マイケル・ムーアさん(55歳) 映画監督
「残り1枚を9人で分ける 良いと言えるかい?」

 ーームーア監督は、銃や医療や軍事を取り上げた過去の映画でも一貫して資本主義の弊害を訴えてきました。現在、公開中の最新作「キャピタリズム〜マネーは踊る〜」では、いよいよ敵の本陣に総攻撃を仕掛けたという印象です。

 それはいい表現だね。僕も年を重ねてきて、もう時間がないと思い始めた。個別の問題ではなく、事の本質をピンポイントで指摘しなければならない、とね。現代の資本主義は合法化された強欲なシステム。僕は民主主義を信じているから、この不公平なシステムをただしたいんだ。

 ーーつまり民主主義と資本主義は両立しないという考えですか。

 民主主義と資本主義は正反対なんだよ。資本主義は少数が利益を得るように設定されている。対して民主主義はすべての人の利益を考える。経済活動がどう行われるべきかという問題に対し、民主主義者として僕らにどのくらいの発言権がある? 社会の中で最も重要な経済についての発言権もないのに、民主主義とは呼べないだろう?

枠組み超えて
 ーー社会主義についてはどう思いますか。

 ロシアで起こったことが原因で、社会主義に悪名がついたのは残念なことだ。だからといって、資本主義は良くないから、じゃあ社会主義に向かおうということではない。今までの枠組みを超えて考えるべきだ。もう21世紀なんだし、僕らは僕らの時代に合ったやり方を見つけなければいけないんじゃないか。

 ーー資本主義社会で、かつ民主主義が機能している国もありますね。

 僕は、起業してお金をもうけること自体が悪いと思っているわけじゃない。でも、他者を搾取したり、利益を不公平な形で分配したりしたら、それは一線を越えている。かつては民主的な資本主義があったかもしれない。しかし100年、150年間の姿を使って資本主義を定義することはできないんだよ。

 ーー自由競争だったのが、何か違うものに変化したと?

 その昔は、どの町にもそれぞれ町の靴屋とかアイスクリーム屋があったよね。資本主義を信奉する人たちはそもそも自由なんか信じていないし、競争を欲していない。彼らがむしろ一番求めていないのが競争だ。利益を独占したいんだよ。

 ーー資本主義の基本は欲望の充足にあります。そして欲望は人間の特性でもありますが。

 そりゃ、僕だって、目の前にチョコチップ・クッキーの皿が置かれたら、できるだけ多く食べようとするさ(笑い)。健康面で良くないことが分かっていてもね。でも、10枚のクッキーがあったとして、僕が9枚、最後の1枚を残りの9人が分け合うのは、果たして良いと言えるかい? それが今の状況なんだ。

 ーー米国人はそんな資本主義を容認しているようにも見えます。

 そうなんだ。無知を強いるシステムの中で育てられたからね。ほとんどの米国人はイラクがどこにあるか知らないんだよ。位置も分からない国に侵攻し、後で調べればいいと思う国なんだ。そんな国が世界のナンバーワン・パワーを持っていていいと思う? 僕があなたの国の人間だったら怖いと思うけどね。

「夢」こそ危険
 ーー米国の問題は、実は「アメリカン・ドリーム」に内在するものではないですか。

 答えはイエスだ。夢っていうところが危険なんだ。いつか金持ちになれるって、鼻先にニンジンをぶら下げるようなものだ。君たちの国では「君もいつか大金持ちになれる!」なんて子どもを育てたりはしないだろう? 「何それ、冗談も大概にしとけよ」で終わるよね(笑い)。

 ーー日本人にとって、米国は長い間、あこがれの存在でしたが。

 確かにいいところもあるよ。しかし、米国のように振る舞えば、米国のようになってしまう、と言いたいんだ。ジャズやジーンズの話をしているんじゃない。米国化が進めば、暴力も増えるし、銃の数も増え、アホな人々が増えてしまうんだよ。今すぐ止めないと(笑い)。

 ーー米国の好きなところはどんなところでしょうか。

 まず言いたいことを言えるところだね。米国人の明るい人柄も好きだし、中西部の風景も大好きだし。そうだな、今度は米国の好きなところばかりを描いた映画を作ろうかな(笑い)。でも、今は直さなきゃいけない部分が多すぎる。米国を愛しているからこそ、今みたいに世界に対して負の影響力ではなく、もっと良い影響力を持つ国だと思われたい。だからこそ、僕はこうした映画を作り続けているんだ。

(朝日新聞Be 2010年1月16日)
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有料老人ホームが倒産したら?

市民ボランティアで行っている、愛知県内の住宅型有料老人ホーム調査。
わたしも、ここ数ヶ月、訪問調査に回っていますが、施設長に聞き取りをしていて、
「実は最近、経営者が変わったところなんです」
という施設が2カ所ありました。

経営者が変わったというのは
事実上、前の有料老人ホームは倒産したということ。
ある施設では、かなり生々しい話も聞きました。

その施設では、倒産のきっかけがなんと、介護報酬を不正請求していたことが明るみに出て、県から介護保険の事業者としての認可を取り消されたことだったのだとか。
しかも、ある日、急に介護スタッフが全員こなくなり、取り残された入居者は途方に暮れてしまったというのです。
今の施設長は、そのつぶれた有料老人ホームの借金の保証人になっていたことから、行政の職員から電話が入り、とるものもとりあえず、静岡県から駆けつけたのだとか。

来てみると、介護スタッフは1人もいない。
介護をするどころか、食事を用意する人もいない状況に、とにかく無我夢中で元気な入居者に頭を下げて協力を呼びかけ、手分けして食事をつくり、入居者のおむつをとり換えたのだと、聞きました。

それから1年ほどたって、今は介護スタッフも充実して黒字になったそうですが、有料老人ホームが倒産したら、ある日、突然、スタッフがいなくなるという現実が実際にあったのだと思うと、ぞっとしました。

有料老人ホームについて、読売新聞が独自調査をしているのですが、その結果、閉鎖や事業主体の交代がめずらしくないという有料老人ホームの現状があきらかになったそうです。
以下に記事を転載します。

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「終の棲み処」広がる不安…有料老人ホーム経営難

読売新聞社の調査で、閉鎖や事業主体の交代が珍しくないことが明らかになった有料老人ホーム。
「終(つい)の棲(す)み処(か)」として入居した高齢者が退去を迫られるなどの問題が生じている。

昨年来の経済不安により、経営に行き詰まるホームは今後も増えると見られ、入居者保護が大きな課題だ。

今年8月、山形県鶴岡市の有料老人ホーム「出羽の郷(さと)レインボー」が閉鎖された。
13人の入居者は退去を強いられ、20人いた従業員も解雇された。

山形市内の建設会社の関連会社が2002年に運営を始めたが、介護のノウハウが乏しく、同じ年の暮れに早くも休止。
埼玉県の介護機器会社の支援を受けて昨年4月に再開したものの、PR不足もあって定員30人の半分しか集まらず、今年5月以降は賃金支払いもストップした。
元従業員の20歳代の男性は、「入居者を放り出すわけにはいかず、給料なしでも精いっぱいのケアを続けた。いいかげんな経営で閉鎖に追い込まれ、残念」と悔しがる。

胃に穴を開け、栄養をチューブで送る「胃ろう」の手術を受けた認知症男性(79)は、今年1月に入居した。
特別養護老人ホームにも申し込んでいたが、待機者が多く、いつ入れるかわからず、老人保健施設には胃ろうを理由に断られた。
男性の長女(53)は、「私は仕事があるし、高齢の母に介護は無理。閉鎖を知った時は途方に暮れた」と振り返る。

男性を含む入居者の大半は、鶴岡市が、市内の特養に、待機者を飛び越えて緊急入所させた。
長女は、「介護が必要な高齢者にとって、有料老人ホームは最後の砦(とりで)。
そこで安心して住めなければ、何を頼りにすればいいのか」と憤る。

閉鎖は免れたものの、事業主体が何度も変わっているケースもある。
1990年にオープンした関東地方のあるホームは、経営が行き詰まり、数年前に医療法人が作った企業に引き継がれた。
07年には、別の不動産コンサルティングの子会社に買い取られ、現在は、投資ファンドが株主となった企業が運営にあたっている。

開設当初の入居金は3000万円。
週5日、隣接の診療所で外来診療が受けられたが、2社目に経営が移った際、週1回程度に減った。
建物の老朽化も進み、入居者は、事業主体が次々に変わることへの不安が強い。

ノウハウなく、甘い見通し

入居者の生活を一変させる経営悪化がなぜ多発しているのか。
長谷工総合研究所(東京)の吉村直子主任研究員は、「2000年に介護保険が始まって以降、建設業や不動産デベロッパーなど異業種からの参入が相次ぎ、特に04~06年に急増した。
競争激化が一つの要因」と指摘する。

元々、介護関係者が始めるケースが多かったが、介護報酬が入るからと、介護に関心のなかった事業者も参入した。
「その多くはノウハウがなく、経営の見通しも甘い。安易参入のツケが07年ごろから経営譲渡や破綻(はたん)の形で表れるようになった」と説明する。

近年は、ファンド会社がホームを投資の対象にするケースも増えている。
自己資金の乏しい事業者が、ファンドから資金を得てホームを開き、土地や建物の賃料をファンドに支払う。
経済不安で入居者が集まらず、高い賃料で経営が悪化している事例もある。

有料老人ホームの事業承継のアドバイザリー業務などを行う「リエゾン・パートナーズ」(東京)の秋元二郎代表は、「賃料の不払いは表面化しないので行政もわからない。
経営が悪化したところは、入居一時金を使い切っていることが多い。
今後、破綻が増加する可能性もある」と警鐘を鳴らす。

一時金の保全 強化必要

事業主体が交代する際、新しい事業主体は入居者と改めて契約を結ぶか、入居者の同意を得て当初の契約を引き継ぐ。
ただし、住み続けようと思えば、現実には、新しい事業主体が示す条件に従うしかない。
転居しようにも、入居時に多額の一時金を支払ったため、資金がない高齢者も少なくない。

行政のチェックも期待しにくい。
「レインボー」の場合、再開時に山形県が埼玉の会社の財務諸表を確認したが、問題は見つからなかった。
担当課は、「財務の専門家ではない。経営状況を読み取るのは困難」と話す。

倒産を想定して、500万円を上限に、入居者に返還するための一時金の保全が法律で義務づけられたが、対象となるのは、06年度以降開設のホームだけ。

入居相談などを行う「コミュニティネットワーク協会」(東京)の高橋英与副理事長は、「規制を強めるだけでは、経営が厳しくなる。行政は、優良事業者を認定する仕組みづくりを支援するとともに、入居一時金の保全策の強化なども検討すべきだ」と話している。

◇入居率、保有者の確認を
「安全」なホームを選ぶにはどうすればよいか

「経営の健全度を見る指標となるのが入居率。また、土地・建物は誰が保有しているのか、抵当権がついているのかなどもチェックしてほしい」と、元国民生活センター調査室長の木間(このま)昭子さんは指摘する。

これらの情報を得るのに、木間さんが勧めるのが、介護サービス情報公表制度(http://www.espa-shiencenter.org/preflist.html)の活用だ。
都道府県ごとに、ホームの個別の情報がアップされている。
入居率は、運営年数にもよるが、100%近いところを選びたい。

併せて確認したいのが、入居期間や退去者数、退去者の行き先など。
経営が厳しいところはサービスの質が落ち、入居期間が短くなり、退去者も増える傾向がある。
「焦らずに、必ず体験入居後に決定を」と木間さんはアドバイスしている。

(2009年12月18日 読売新聞)
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病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死?!

いきなり、衝撃的なタイトルですが・・・。
これは、独居ガン患者を在宅で看取るシステムを作り上げた小笠原内科・小笠原文雄院長の言葉。
「病院で手術や放射線療法、化学療法などで戦ったものの、刀折れ、矢つき無念の最期を迎えることになる末期のガン患者。最後は治療方法がなくなり、医師も看護師も患者に近づきたがらなくなる。患者は好きなものを食べることも、お酒を飲むことも、好きなことをすることも許されぬまま、病院という監獄に閉じこめられて、孤独なまま死んでいく」と、小笠原先生は指摘します。
だから、「病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死」。
こうした病院での死のつらさに対して、「在宅死は希望死・満足死・納得死」と小笠原院長はいいます。

そもそも、小笠原先生が在宅医療にめざめたのは、自宅で亡くなった1人のガン患者との出会いだったとうかがいました。

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ガンの末期で自宅で療養していた男性のところに、往診で通っていた時のこと。
ある日の早朝、そこの奥さんが、ぼくにこう言った。
「先生。男の人って、最後まで格好つけたいものなのかしら。夕べ、うちの人はわたしにむかって『もうすぐ旅に出るから、旅行鞄と靴を用意してくれ』って言うんです。それで『わたしも一緒に連れてって』と言うと、『おまえはまだ来なくていい。おれ1人で行くから』って。それで、夫の枕元に、鞄と靴を用意したんですけど。先生、気がつかれました?」
ぼくは、「そういえば、大きな鞄があったように思うけど、靴はふつう、玄関に置くものでしょう」と答えた。
するとすぐさま、「先生。天国への旅に出るんですから、枕元に揃えておかないと」と奥さん。
なるほどなぁと思いながら医院に帰ってきて、その当日。
午前の診察中に、その奥さんからご主人が「いま息を引き取りました」という電話が。
ぼくがあわてて「すぐに行きます」というと、
奥さんは「先生、主人はもう旅立ったのですから、あわてなくていいんですよ。診察が終わってから、ゆっくりおいでください」と言って電話を切った。
それで、外来患者の診察を終え、急いで自宅に駆けつけると、そこには穏やかな顔で旅立たれたご主人の姿が。
それまでぼくは、病院で苦しんで「痛い、痛い」と死んでいった患者さんの苦悶の死に顔しか見たことがなかったから、その穏やかな顔にガツンと殴られたようなショックを受けた。
ああ、在宅だと、あんなに穏やかな顔で死んでいけるんだ!
ぼくが在宅医療にはまったのは、それからだ。
(小笠原先生の談話より)
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小笠原先生に、最初に「病院での死は孤独死・敗戦死・刑務所死」と聞かされた時は、正直言って、えっ?という違和感があって、思わず聞き返しました。
ですが、その話の後で、小笠原先生について往診にまわった時に、ある一軒の家で、病院から自宅に戻って2ヶ月の男性に出会い、小笠原先生の言葉は「なるほどこういうことだったのだ」と、腑に落ちたのです。
その男性は、病院での孤独やつらさ、自宅に戻れた喜びを、涙ながらに語ってくださいました。
残念ながら録音していたわけではないので、正確ではないかもしれませんが、以下に再現してみます。

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病院では、少しでも体を動かすと痛いので、じっとベッドに横になったまま、ずっと天井だけを見ていた。
食事はまったく食べる気がしなかった。
必要な栄養は点滴で体に入れられるので、何も食べなくてもいいと思った。
病院の先生が、「もうこれ以上の治療は、病院ではできません。転院してください」と言った。
ぼくが「どんな病院に移るのですか」と聞くと
「死ぬまで出られない病院です」という答えが返ってきた。
このまま、痛みのためにピクリとも身動きできず、だれとも逢えぬまま、死ぬまで病院にいなければいけないのかと思ったら、涙がとまらなかった。
必死で考えていたら、在宅医療をしている小笠原内科のことを思い出した。
妻に「おれの最後の頼みだから、小笠原内科に行って頼んでくれ」とすがり、小笠原先生が病室に来て「家に帰れますよ」と言ってくれた。
それから病院を退院して、家に戻った。
家に戻る時は、身動きできないので、寝たまま3人がかりで運び入れてもらった。
退院が決まってからは、家に帰ったら何を食べようと、ずっと考えていた。
頭に浮かんだのは、ハンバーガーと、焼きそば。
家に帰ってからは、食べるものがなんでもおいしくて、念願だったハンバーガーも家族に買ってきてもらって、一口食べられた。

家はいいよ。
こうして寝ていても、家族が歩く足音が聞こえる。
朝、「行ってきます」と子どもたちが出かけて、夜には「ただいま」と帰ってきてくれる。
台所から漂ってくる味噌汁のかおり、家族のざわめき。
病院と違って、家なら淋しくない。
同じ家の中で、24時間家族と一緒にいられる。
家に帰ってきたら、ガンの痛みもすっかりとれて、動けるようになった。
初めて自分の足で立てた時は、あんまりうれしくて、ついつい無理して・・・。
筋肉痛で足が痛くなった。
病院で寝てる間にすっかり筋肉がなくなってたんだ。
でも、自分で動けるのは、なによりうれしい。
家に帰れてよかった。
ぼくは幸せだ。
(50代のガン患者の談話より)
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病院から退院する時、「なにかあったら、いつでも病院に帰ってきてくださいね」と
医師や看護師が言うらしい。
一見安心なこの言葉を、小笠原先生は
「悪魔のささやき、魔女のつぶやき」
と呼んでいます。

病院には、生活はない。
好きなことをする自由もない。

「最後は自宅で過ごしたい」という望みをかなえ、自宅で天国に旅立つ人は、家族も含めて、みな笑顔だと、小笠原先生は熱心に話してくれました。
また、実際にわたしが往診に同行してお会いした患者さんは、みな自宅で笑顔で暮らしていました。

「病院で死ぬのが一番良くて、安心だ」という常識を、一度立ち止まって、考え直す時期にきているのかもしれません。

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家族介護がない独居がん患者を自宅で看取る「小笠原内科」

『在宅療養支援診療所』として、24時間対応で在宅医療を行う「小笠原内科」に行ってきました。

もしも、あなたがガンになって、「病院ではこれ以上の治療はできません。あとは死を待つだけです」と言われたら、どうしたいですか?
「このまま病院で死ぬのを待つだけなんていやだ。できれば自宅に帰って死にたい」
そう思う人は、多いのではないでしょうか。

小笠原内科は、ガンの末期の人の「家に帰りたい。家で死にたい」という願いをかなえる在宅医療を行っています。

とりわけ驚くのは、家族の介護がまったく期待できない、1人暮らしのガン患者も在宅で看取っていること。
『エベレストに登る位大変だ』と思われていた『独居ガンの看取り』。
それにもかかわらず、小笠原内科は最近約1年で、5人の独居ガン患者を看取っているのです。
(在宅看取りは直近17ヶ月で、69人という実績)

小笠原内科の小笠原文雄院長は、
「お金がない生活保護の人でも、独居ガンの看取りはできる。お金に余裕があれば、1日15000円で自費ヘルパーをやとって、生活の楽しみを増やして安心して家で死ねる」
と話します。

「1人暮らしのガン患者でも家で死ねる」
と公言するのは、小笠原内科が同じ建物内にある訪問看護ステーションと連携して、必要な訪問看護と訪問医療を行うシステムを確立しているから。
わたしが訪問した日は、朝8時45分から、訪問看護ステーションの訪問看護師10人と、小笠原内科の医師2人が一堂に会し、ケアカンファレンスを行っていました。
(小笠原内科には、医師が4人います)
ケアカンファレンスでは、その日に訪問看護と往診に行く患者の状況が報告され、それにどう対処するかが話し合われていました。

訪問看護ステーションは、小笠原内科の2階にあり、訪問看護師10人が勤務しています。
訪問看護を行っている患者は、現在、約150人。
ガンの看取りに力を入れているため、1回の訪問看護の時間をたっぷりとっており、1人の看護師が午前2軒、午後2軒程度を訪問するという、ゆとりのあるシフトを組んでいるのが特徴です。
患者や家族の話を傾聴し、時にはフットマッサージを行うなどのリラクゼーションも行っているのだとか。
「フットマッサージをするのは、癒しの雰囲気を大切にするため。1カ所に1時間くらいは滞在します」ということでした。

小笠原内科が訪問医療と訪問看護を行うのは、基本的に車で15分以内で行ける範囲。
ですが、それよりも遠い所に住む患者も在宅看取りができるように、複数の訪問看護ステーションと在宅支援診療所が連携して、ガンのターミナルを行う試みも始めています。

小笠原文雄院長は、独居ガンの看取りが他の在宅支援診療所でもできるように、論文を発表しています。
「在宅緩和ケアで実現する独居がんの看取り~パターン分類~」というタイトルで、勇美財団のサイトにアップされていますので、興味のある方は、ぜひご覧下さい。
http://www.zaitakuiryo-yuumizaidan.com/main/jissai.html

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訪問看護への同行で見た在宅介護の闇

今日は、在宅医療に熱心に取り組んでいる訪問看護ステーションに、同行取材に行ってきました。

訪問看護ステーションで受け持っている、在宅介護・医療を受けている家に同行させてもらったのですが、笑顔があふれる明るい訪問もあれば、こんな状況で生活しているのかとショックを受ける家もあり、在宅介護の光と闇を一度に見た思いでした。

光については、明日のブログでくわしく報告したいと思いますが。
今日の報告は、闇の部分。
ちょっと赤裸々な報告になるかもしれませんが、よかったら読んでください。

一番衝撃的だったのは、次男と母親の2人暮らしの家。
「いわゆるゴミ屋敷というか、とにかくすごいですから」と、道中の車の中で説明を受けていたのですが、着いた家は、かなり古くいたみも目立つ様子。
何より、ドアをあけた瞬間、外まで漂ってきた臭気に驚きました。

母親が要介護で、次男は「母の介護をするため」と言って仕事をやめて無職のまま家にいます。
ですが、実際にはあまり介護はされておらず、母親はおむつもつけず、布団の中で垂れ流し状態。
むっとするような臭気は、この排泄物の臭いでした。
お風呂も入っていないようで、訪問看護師が清拭をすると、すぐに布が茶色に。
お金を払っていなくてガス、電気、水道が止められることもたびたびあり、水はペットボトルに近くの公園から汲んでくることも。
ゴキブリも発生していて、衛生状態は最悪のようです。

訪れたのはお昼ごろだったのですが、「こんにちは」といってのぞくと、もじゃもじゃのヒゲ面の次男も、母親も布団で寝ていました。
(暖房もないので、寒さをしのぐためにずっと布団の中にいるのかもしれません)

生活費は母親の年金のみとのこと。
1ヶ月、わずか3万数千円の年金で、生活しているようです。
介護保険料は払えないので支払っておらず、介護サービスを利用することもできません。
それでも、介護が必要なので、重度障害者制度を利用して(この制度で医療費が無料になります)、看護師が訪問看護を行っているのだと聞きました。

本やシンポジウムでの報告などで、こういうケースがあると話に聞いてはいたのですが、実際にその場に身を置くと、そのすさまじさが肌で感じられ、暗澹たる気持ちに。
食べることにも事欠き、必要な介護サービスも利用できないお年寄りがいる現実に、うちのめされる思いでした。
お金もなく介護する身内もいない在宅のお年寄りを、どうやったら支えられるのか。
きちんとしたシステムを一刻も早く作らなければと痛感しました。

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在宅医療の充実がこれからの課題

町立の東郷診療所の存続が、2年間という期限付きで決まりましたが。
これから求められるのは、自宅に医師や看護師が来てくれる在宅医療だと思います。

在宅医療で有名な「あいち診療所野並」の記事が中日新聞に掲載されていましたので、以下に紹介します。

-------------------------(ここから引用です)------------------------
つなごう医療①
在宅医療に情熱を注ぐ

あいち診療所野並(名古屋市天白区)
所長 岡崎 嘉樹(よしき)さん(51)

「はい、胸の音聞くよー」。
岡崎嘉樹さんは、ベッドの青年(33)に聴診器を当てた。
筋ジストロフィーで寝たきり。
人工呼吸器と胃に栄養を送るチューブでつなぎ留めた命を、両親が懸命の介護で支えている。
お母さんは痰の吸引に追われ、消毒液の手荒れが痛々しい。
スキンケアのアドバイスを交えて20分近く雑談し、ベッドに向かって「じゃ、また来週ね。チュッ」。
体を動かせない青年は、笑みを浮かべ、唇をキスの形にした。

15年前、大病院の腎臓内科医から、在宅医療の世界へ。
「病院では忙しすぎて、患者さんのそばにいられなかった。暮らしを想像する力もなかった。病院は病気を診るところ。暮らし全体をみるのが、在宅医療なんです」

暮らし支え「恩送り」
月曜から木曜の午後、名古屋市周辺の寝たきり・認知症のお年寄り、神経難病の子などの家庭を回る。
1日平均7軒ほど。
金、土曜、滋賀県長浜市にある系列のクリニックが基地。
愛車の走行距離は、8年間で18万㎞を超えた。

あいち診療所では、訪問看護やリハビリのスタッフ、ヘルパーが別々に患者宅を回り、必要なケアを提供していく。
岡崎さんの役割は「見きわめ」。
症状の変化、家族の介護力を判断し、ぎりぎりまで在宅を応援していく。

脳腫瘍の後遺症で寝たきりの長男(27)を介護する母親(50)は「前は、熱を出すと病院で点滴しなくてはならず、それが大変で外へ連れて行くのが怖かった。今は自宅で点滴をお願いできるので、安心してデイサービスにも連れ出せる」と喜ぶ。

末期がんの患者には「最後の望み」を尋ねることもある。
肝臓がんの男性が「温泉に入りたい」と望んだ時は、スタッフ全員で協議。
腹水を抜いて症状を落ち着かせ、入浴剤を使って自宅の浴槽で温泉気分。
ふろ上がりは浴衣を着せ、マッサージも味わってもらった。
「気持ちええわー」と目を細めた男性は、10日後に亡くなった。

「もし、自分の父親やおばあちゃんだったら、何をしてあげたいかって、いつも考えます」と岡崎さん。
2年前に98歳で亡くなった東京の祖母からは「私はあなたに診てもらえないけど、その分、名古屋のおばあちゃんたちに親切にしてあげて」と言われた。
受けた恩を他の人に返していく「恩送り」が、仕事のやりがいと感じている。

(中日新聞/2010年1月5日 朝刊)
-----------------------------(引用ここまでです)---------------------

在宅医療をすすめるためには、訪問看護ステーションとの連携が欠かせません。
幸い、東郷町には町立の訪問看護ステーションがありますので、東郷診療所との連携で、在宅医療をすすめていく下地はあるはず。

現状では足りない24時間の訪問体制(夜間も休日も)をつくり、在宅医療の充実を行っていくのが、これからの課題ではないかと思います。

在宅医療については、あさって(8日)、岐阜の小笠原内科に取材に行く予定です。
がん患者の在宅看取りを積極的に行っている様子を、まる1日密着取材してきます。

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人口減少社会がめざすものは?

お正月休みも終わり、いよいよ昨日から仕事始め。
雪に埋もれた岐阜でのお正月から、気分を切り替えなければ!

さて、日本が世界に類のない少子高齢社会であることは知られていますが
その結果として、人口減少が加速しているというニュースを見かけました。

--------------------(ここから引用です)-----------------------

09年の人口減少幅、引き続き拡大

2009年の日本の人口の「自然増減数」は7万5000人の減少で、07年から3年連続で減少し、しかも減少幅が拡大していることが、厚生労働省の「人口動態統計の年間推計」で明らかになった。

それによると、09年1年間の出生数は106万9000人で、08年の109万1156人から約2万2000人減少。
一方、死亡数は114万4000人で、戦後最多となった08年(114万2407人)をさらに上回った。

出生数から死亡数を差し引いた「自然増減数」は7万5000人の減少で、08年からさらに約2万4000人減少。
過去最大の減少幅となった。
自然増減数は、戦後一貫して増加してきたが、05年にマイナス2万1266人と初めて減少に転じ、06年には8224人増になったものの、07年は1万8516人減、08年は5万1251人減、09年は7万5000人減と、減少幅が拡大し続けている。

厚生労働省は、「死亡数は高齢化が進んでいるため増加し、出生数は出産する年齢層が減っているため減少する。このまま拡大は続くと考えられる」としている。
また、女性が一生の間に産む子供の数を表す合計特殊出生率については、「08年(1.37)と同程度になるのではないか」との見方を示した。

死因別の死亡数を見ると、「悪性新生物」が34万4000人で最も多く、これに「心疾患」17万9000人、「脳血管疾患」12万1000人が続いた。

(2010/01/01 05:00   キャリアブレイン)
------------------------(引用ここまでです)----------------------

一方で、2008年の日本人の平均寿命は、男性が79.29歳、女性が86.05歳と、共に3年連続で過去最高を更新しています。
高齢者は長寿になっているのですが、それでも生まれる子供の数は減り続け、生まれる人口より亡くなる人口の方が上回るという現状のようです。

高度成長期はもちろん、ずっと日本は人口も経済力も右肩上がりだという前提で社会を構築してきました。
しかし、これからの日本は、長寿成熟・人口減少社会へ。
次第に縮んでいくことを前提に、社会のあり方を変えていかなければならない時代に突入しています。

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