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介護認定を受ける立場からの考察

入院中の母の容態がやっと安定し、そろそろ退院を考える時期にきている。

毎日、病院内でリハビリを受けているとはいえ、ベッド横のポータブルトイレに移動するのにも、看護師さんの手を借りなければならない母にとって、今の住環境では、退院してもまともに生活できない。
そこで、要介護認定を受けて、介護保険などの制度を利用して、住宅改修を行う段取りをしているのだけれど・・・。

とりあえず、要介護認定。
ということで、今日、病院に調査員の方が来てくれて、要介護認定の調査があった。
そこで感じたことを少し述べてみたい。

介護が必要かどうかを調べる認定調査は、決まった項目について、できるかできないか、本人が答えることで調査が行われる。
(もちろん、家族が横で立ち会い、本人の答えた内容について補う説明をすることはできる)
母の場合は、1人では心細いとのことで、私と父が調査には立ち会った。

調査の場にいたのは、岐阜市の介護調査員と、病院のソーシャルワーカー。そして、車椅子に乗った母と、私と父親の5人。
調査は、「まず本人確認から」という調査員の言葉で始まった。
「お名前は? 誕生日は? お年は? 住所はいえますか?」
と、順に母に尋ねていくのだが、認知症を疑っているのか、母が答えるたびに調査票と照らし合わせ、「はい、合ってますね」と確認。
「ここはどこだかわかりますか?」
との質問には、ついに母がたまりかね、
「いったいどんなことが知りたいのですか? ここの病院の名前を言えばいいのですか」
と少し気分を害したような答えを返した。

調査票の中には、身体的な状況を確認する項目だけでなく、認知症かどうかを確認する項目もある。
それは知ってはいたものの、やはり、認知症を疑う項目では、母の反応が違う。
「少し計算をしてもらいたいのですが、100から7を引いたらいくつですか」「今の季節はいつかわかりますか」
という質問には、
「そんな子どもに聞くような質問。私のことをばかにしているのか?」と思ったようで、母はずいぶん不満だったようだ。

母は身体的にはかなり介助が必要な状態だが、頭ははっきりしている。
認知症かもしれないと疑われたようで、気分を害したのだろう。

それにしても、認知症でなく正解を答えられたからこそ、「失礼しちゃうわね」と、後で笑い話にできたものの、本当に認知症で苦しんでいる方だったら、どう感じるのだろうか?
「子どもに聞くような質問」とは、だれもが感じること。
それなのに、その質問に答えられない(認知症の症状としては、時間や場所がわからなくなったり、計算ができなくなったりするので)という現実をつきつけられたら、本人はさぞかしつらいだろう。
認知症になったからといっても、誇りも感情も損なわれたりしない。
必要な介護の手助けを受けるための調査で、自尊心を傷つけられるような質問の仕方をするのは、問題があるのではないだろうか。

なにごとも、自分がその立場にならなくてはわからない。
介護認定を受ける側の立場になって、はじめて要介護認定の調査が持つ、残酷さに気づくとは。
まだまだ認識が足りないと感じた1日だった。

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