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介護を受けることへの抵抗感

先週、実家の母親が圧迫骨折で腰の骨がつぶれ、いきなり寝たきり介護状態になってしまった。

残念ながら、コルセットをしてつぶれた部分が動かないよう固定する以外に、医療的にほどこす手当はないとのこと。
痛くて自分で布団から起き上がることもできず、ちょっと動いても痛くてじっと寝ているしかない状態なのに、どうしてあげることもできない。

実家は築45年と古いので、部屋ごとに段差はあるし、トイレは和式。
畳に布団という生活をしている。
ベッドに比べて、立ち上がりも大変だし、少しでも楽に暮らせるように、急いで要介護認定を受けて、介護保険を使えるようにしようと両親に話したのだが、思いも掛けぬほどの強い反対にあってしまった。

食事の世話からトイレへの付き添いまで、母の世話を一手に引き受けている父親は
「まだ大丈夫だから、介護保険なんか使わんでもいい。そんなめんどくさい話をするな」と拒否状態。
家事に慣れない父親1人では大変だからと、「ヘルパーさんに来てもらっては」と言っても、「家の中が整理できてなくて、他人様に入っていただけるような状態じゃない」と、とりつく島もない。

それでいて、
「入院できる病院はないのか」と、入院には積極的。
医師や看護師がいる病院は、やはり安心なのか。
それとも、「介護を受ける」ということが、感覚的に受け入れられないのか。
せめて介護ベッドだけでも借りられれば、体を起こして食事を取るのも、うんと楽になるのにと思うのだが、どうにも説得できないのがもどかしい。

国の方針は、介護が必要になる手前の特定高齢者を見つけ出して、介護が必要にならないよう予防サービスを使ってもらおうというのだが、明らかに生活することが困難で、介護が入れば自分で暮らすことが楽になると思われる高齢者でさえ、まだ大丈夫だからと介護サービスを使わない現実について、どう考えているのだろう。

「おまえの言っていることは正しいかもしれないが、紙の上で書いてあるようにいくもんじゃない」
という父の言葉が、胸に突き刺さっている。


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